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2013年1月29日 (火)

川口さんの言葉

いつも持ち歩いているバッグの中を整理したら、小さく折りたたまれた紙片(本のコピー)が出てきた。

それは、自然農の川口由一さんの言葉を紹介したものだった。

本をコピーするのはもちろんいけないことだが、よほど感銘を受けたのだろう、コピーして持ち歩いていたのだ。

でも、そのことをいつの間にか忘れていた。

読んでみて改めてこの人のしなやかな強さを感じた。

「人のいわれることに耳を傾ける、しかし自分のやりたいことをやり通す。」

つまり、相手には相手の自分には自分の違った言い分がある。自分のやり方が正しいと思っても論理で相手を屈服させることは難しい(相手は相手の論理で屈服させようとするだろう)。事は時間の経過とともに善し悪しがはっきりしてくる。しかし、たとえ自分が正しかったとしても相手が受け入れてくれるとは限らない。それは自分も相手も自由だ。・・・と。

そして、人と争うことで大切な時間とエネルギーを奪われたくない。他人に分かってもらえなくても自分のやりたいことをやる。それでこそ納得できる人生になる。・・・と。

(本に書かれている文章をだいぶ省略して紹介したけど、たぶんこんな感じ)

さらに川口さんの言葉が続く。

「自分が強くなくてもいい、ひよわでもいい、でもほんとうのことができたらいい」

取りようによっては、他と係わりを持とうとしない「独りよがり」のようにも感じられるが、どちらに重心を置くかということになると、僕としては、川口さんの考えに共感を覚える。

人は変えられない、変えられるのは自分だけ。

人生は短い・・・。

歳のせいかな。

2013年1月28日 (月)

からだの声

昨夜はなぜか夕飯を食べる気がしなかった。

お酒も飲みたくないし、ただ横になりたかった。

風邪でもひいたかな?と思い、体温を計ってみたが異常はなかった。

いつもなら夜の方が仕事がはかどるのだが、どうにもやる気がおきない。

仕方なく寝ることにした。

夜の8時半である。こんなこと初めてかもしれない。

夢をたくさん見た。

最終的に起きたのは8時前。約11時間眠ったことになる。

起きた時にちょっとした変化に気づいた。

からだのどこにも力みがないのだ。

「よし頑張るぞ!」という気合も、「辛いなぁ」というけだるさも、ない。

明るくなったので自然に起きたという感じか。

からだがリセットしたのかもしれない。

これまで、意志のチカラで身体をコントロールできると思っていた節がある。

いざとなれば徹夜してでもやるさ!みたいな。

でも、歳とともに身体がだだをこね始めると、そこでようやく気づく、身体も自分そのものだと。

今回それがはっきり分かった気がする。

人は百人百様の身体を持っている。本で読んだ誰かの生き方を真似ることは、無理があるのだ。

向上心を持つことや、尊敬する人の生き方を手本とすることは、大いに結構なことだが、人それぞれ違うのだから同じことは無理があると。(出来ないとは言わない。なかには出来る人もいるはず)

僕のような凡人は、からだと相談しながら、「こうしたいんだけど、どうかな?」みたいなお付き合いをした方がいいのかも。

仲良くね。

2013年1月27日 (日)

コメント返せた!

ブログを始めてもう2年は経っているが、実は中身がよく分からずに更新し続けている。

他の人のブログを見ると、きれいに整理されていたり、コメントにちゃんと応えていたりするので、「すごいなどうやるんだろう?」みたいに感心をしながらも自分のブログはそのまま放置?した状態でいた。

今日またコメントが届いていて、今回はこれに何とか返事をしようと挑戦してみた。

で、同じようにブログの中でコメントを発信すればいいのだと分かったのだ。

これまでコメントを寄せてくれた方々、ごめんなさい。

今度は、「カテゴリ」とかいうやつをいじってみようかと思う。

こんな調子じゃ「フェイスブック」とかもまだ先だな・・・。

2013年1月25日 (金)

娘からイラストが

大学に通っている娘からイラスト入りの寒中見舞いが届いた。

大高に通っているときから美術を始めて、そのまま芸術学部に進学した。

立体芸術の「彫塑」に在籍しているが、絵も好きでよくイラストを描いて遊んでいる。

届いた手作りの絵ハガキを見て内心ドキリとした。

(親馬鹿だけど)「くそっ、上手いなぁ」と思ったのだ。

「くそっ」の部分は、素人に負けた!? という気分だ。

とりあえず身近なライバルとして娘に負けないよう頑張らねば・・・。

それとも、「ヘタうま」をスタイルにして逃げるか?

012

2013年1月24日 (木)

ついつい「よいしょ!」って言う

歳のせいなのか?

立つとき、座るとき、高いところにあるものを取るとき・・・「よいしょ」って言ってる。

別に力が入るところではないんだけど。

もしかして体力の衰えが始っているということか?

これが後10年もすると「よっこらしょ!」となって、20年経てば「どっこいしょ!」に変わるのかな?

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2013年1月23日 (水)

意図しないこと

テレビで個人情報が高値で売買されている問題について報じていた。

断片的にしか見ていないので詳細は分からないが、個人情報保護法が施行されたことが、かえって個人の情報に(売り買いするだけの)付加価値をつけたとの指摘があった。

皮肉な結果である。

良かれと思ってしたことが、予想しなかった問題を生むという例は他にもある。

奄美でよく引き合いに出されるのが、ハブを駆除するために持ち込まれたマングースだ。

今はもうやっていないが、かってはガラスケースの中でハブとマングースの決闘ショーを客に見せていた。

だいぶ昔に僕も見たことがある。

ショーを盛り上げるための前口上は長いが、いざ仕切りが外されると、あっと言う間に決着がつく。たいがいはマングースが勝利する。

そういうことを単純に捉えると、「マングースを野に放したらハブは一網打尽だ!」みたいなことになるが、ところがどっこい、狭いガラスケースならいざ知らず、広い野山でわざわざ命をかけてお互いに闘ったりしない。

ハブより危険のない小動物を襲ったり、畑を荒らした方が楽だ。

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最近、身近なことでこれは違うんでは?と思ったことがある。

使い捨てライターやチャッカマンに施された「チャイルドロック」というものだ。

その名の通り、子どもがいたずらしないようにとの配慮でされたことだが、従来品と比べてかなり重くなった着火スイッチをお年寄りたちが押せずに困っている。

まるで「オールドマンロック」だ。

仏壇の線香にライターで火がつけられずに、マッチを使いだしたとの話も聞いた。

火をつけるのが大変だからとローソクに火を灯したりしたら、かえって火災の危険性が増すのではないか?

そういう状況から今度はライターのスイッチを軽くする補助具が発売されている。

先の結果を正しく予測するって本当に難しい。

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2013年1月 9日 (水)

you tube で泣いた

新聞を整理していて、たまたまお笑い芸人「鉄拳」のパラパラ漫画の記事を読んだ。

300万回以上視聴されたパラパラ漫画「振り子」とは、一体どういうものだろうかと興味が湧き、早速見てみた。

「・・・・・・」 (感動して言葉を失ってしまった)

泣ける。

この感動は、ディズニーアニメの「カールじいさんの空飛ぶ家」の最初のシーン、妻のエリーと歩んだ人生を走馬灯のように流すシーンの感動と同じもののように感じた。

もちろん「空飛ぶー」でも泣いた。 歳とともに涙もろくなっているんだと思う。

2度再生してみた。

このパラパラ漫画の原画は1500枚だとか。

小学校のときに教科書の隅に遊びで描いていた、あのパラパラ漫画でこんなにも感動できるなんて・・・。

他の人の作品も見た。

馬場俊英さんの「弱い虫」もなんだかありそうな話で心が震えた。

こちらは、周坊監督の「それでも僕はやってない」を思い出させるシーンがあった。

世の中の理不尽さに押しつぶされる人の哀しさが、全編これでもかと綴られている。

結局、救いがない。

神様はいないのか・・・と嘆きたくなる瞬間は、誰にでもあるだろうと思う。

それでも最後は信じたい。

きっと救いはある。大丈夫だと。

だから映画はハッピーエンドが好きだ。

2012年12月31日 (月)

もうすぐ新年

今年の大晦日はなんか違う。

「さあ、正月だ!」という盛り上がりもなく、淡々と過ぎてやがて年が新しくなるだけ・・・みたいな。

正月飾りさえ飾っていない。

こんな年越しもあるんだな・・・。

来年は頑張って

頑張って、再来年の正月(気ぃ長!)を普通に楽しい気分で迎えよう。と思う。

2012

2012年12月27日 (木)

古仁屋大火の日だった

さっき突然サイレンが鳴った。

すわっ、火事か!と一瞬緊張して耳を済ませたが、サイレンはすぐに止んだ。

今日が昭和33年に起こった大火の日であることに気づいた。

僕が生まれる約2年前の出来事だ。

母はまだ父と結婚しておらず、その日古仁屋に新築したばかりの父の家を訪ねて来た。

当時父は母親と二人で住んでいて、その母親が今日はここに泊まっていきなさいと勧めるのを断って請阿室に戻ったそうだ。

その夜大火がおこった。

火元は父の家の近く(確か川沿いの市場通り辺り)だったとか。そのとき父は呼ばれて外出していたので急いで家に戻って母親を連れて逃げるのが精いっぱいだったという。

母と結婚して一緒に暮すはずだった新居は一夜にして灰になった。

それからの詳しいことは聞いていないが、その後父は借金を返すために出稼ぎに行っていたようだ。

小さい頃の僕は父を知らず母の実家で暮らしていた。

池地の浜ではしけの舟から降りた大人を指して「お父さんよ」と言われて戸惑ったことをなんとなく覚えている。

そのとき貰ったおもちゃの赤いピアノも記憶している。

そういえば、大火のことやその後のことを直接父に聞いたことはなかった。

もう亡くなってしまったので知る術はないが、借金して建てたばかりの家を大火で失ったのだからきっと苦労したのだろう。

それにしても、あれだけの災害で死者が出なかったのは奇跡的である。

いつかそんな話もマンガや絵本で描いてみたいと思う。

2012年12月24日 (月)

今日のマンガ(12月24日)

今日はクリスマスイブだ。

ということとは全然関係なく、今年最後の風刺マンガが新聞に掲載された。

最後はどんな絵にしようか迷ったが、やはりひとつの政権が終わり来年は新しい政府による政治が始まるという締めくくりを考えた。

3年前に民主党が政権を担ったときは、二大政党の幕開けみたいな勢いがあったが、いざ政治を動かしてみると自民党が築いてきた根の深さに太刀打ちできず、公約もほとんど果たせないまま舞台から降りることになった。

約半世紀にわたって政権を担ってきた自民党とわずか3年の民主党では、蓄積されるノウハウや他機関への影響力に大きな差があるのは仕方がない。

選挙の結果としては自民党の圧勝だが、マスコミや評論家たちは「最後の選択肢として自民党が残っただけ」とやや冷ややかな見解がほとんどだ。

テレビ討論で番組の最後に民主党の安住幹事長代行が「自民党の残した負の遺産が想像以上に大きかった」と悔しさをにじませていた。

安倍総裁には、くれぐれも(過去の自民党にあったような)「国民の信任を得た」とか、「みそぎを済ませた」とかの乱暴な論理で暴走することなく、国民の利益になるようよく考えて政治を行ってほしい。

かって「自民党をぶっこわす!」といって派手なパフォーマンスをする総理が登場したが、壊されたのは国民の生活。日本人特有の微妙なバランスに成り立っていた社会の秩序が崩れて著しい格差社会が生まれた。

地味で良いから、社会や経済が良い方向に向かっていると実感できる政治であってほしい。

いろんな思いを抱きながらコツコツ描いた。

<時間切れ>

Photo

正月の新聞は特別版なので、次に南海日日新聞にマンガが載るのは来年1月7日になる。