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2012年12月19日 (水)

10000分の1日

日本人男性の平均寿命は79.4歳らしい。

僕が無事にそこまで生きるとして後どれくらいの時間が残っているのか計算してみた。

小数点まで計算してもあまり意味がないので、大雑把に79歳マイナス52歳で計算すると、27年間になった。

27年を遡って考えると、25歳から現在までの年数だ。

色々あったけど、振り返るとあっという間だった気もする。

日数にすると(これも大雑把に)27年×365日で計算して9855日。

キリよく10000日ということにして、今日から10000日が僕に残された日数となる。

そんなもんなんだ。

今夜12時を回れば1日減って残りは9999日。

明後日になれば残りは9998日。

・・・ってな具合にちょっとずつ確実に減っていく。

平均寿命まで生きたとしてだ。

途中で大病をしたり、事故にあったり、大震災に見舞わたりして、もっと短くなるかもしれない。

40代までは自分の人生に終わりがくるなんて考えもしなかったけど、どうしたんだろ、50代になったとたん死がぐっと身近になった気がする。

しかも歳とともに時間が経つのがどんどん早くなってくる。

油断しているとあっという間に爺さんになるんだろうな。

う~ん・・・。

「考えてばかりいると 日がくれちゃうよ」 (相田みつを)

(;一_一) 

とりあえず、一日一日がんばるさ。

今朝久しぶりに虹を見た。

虹を見ると何か良いことが起こりそうな気になるのは何故だろう?

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2012年12月17日 (月)

今日のマンガ(12月17日)

昨日の衆院選挙は大方の予想通り自民が勝利した。

毎週月曜日の南海日日新聞に掲載している風刺マンガに今回はそのことを描いた。

選挙中は、わずかでも特定の政党イメージを傷つけてはいけないと気を使ったが、今日掲載されるマンガは選挙後である。

最初は、投票所で乱立する政党に有権者が迷う・・・みたいな無難な案を考えたが、面白味に欠けると思った。

そこで第2案として、(まだ結果は出ていないが)自民党が圧勝し、安倍総裁が得意顔で勝利宣言をするものを考えた。

そっちの方がインパクトがあったので、(予想通り自民党が大勝すれば)これが掲載されることになった。

それがこれ。

<自民復活の日>

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「JIMINTOU号」の帆には、安倍総裁が前内閣から掲げている「憲法改革」や「教育改革」などの公約がくっきりと表示されている。

憲法改正(第9条の廃止等)」、「集団的自衛権の行使」、「原発推進(核保有の可能性保持?)」・・・と悪い方に考えていくと、日本はこのまま戦争をする国に変わっていきそうで怖い。

よその国の覇権主義に巻き込まれなければ、そんなに酷いことにはならないとは思うが・・・。

絵の中で沈みかけている小舟も描いたが、第3局のこの乱立ぶりは、きっと自滅を招くと思って描いたものだ。

やっぱりその通りになった。離党者が続出した民主党と無節操に合流した第3局の政党が勝手にコケて自民党の独走を許した格好だ。

国民を幸せに導いてくれるのなら、どちらの政党が日本のかじ取りをしてもいいと思うが、できればもう少し拮抗したカタチが望ましかった。

何でもかんでも強引に決められる巨大政党になった自公連立政権を用心深く見守りたい。

そして民主党に代わって風刺の矢面にも立ってもらう。

再び、言論の自由が剥奪される日が来なければ。

2012年12月 6日 (木)

指の傷あと

最近マニキュアに目覚めた女房が「見て見て」とピンクに染めた指を突き出した。

長い間看護師として働いてきたのでこれまで爪を染めることはなかった。

試しにやってみたら殊の外楽しかったようだ。

ちらと指を眺めて「ああ、良いんじゃない」と気のない返事をしながら視線をテレビに戻そうとして、女房の指に白い筋があるのに気がついた。

左手の人差指に稲妻のような傷痕がある。

くっきりとしたその傷に今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。

どうしたのか聞くと、中学生の頃に庭の灌木を切っていたときに誤って鎌で切ったのだという。

かなりの出血があったようだ。

集落には元軍医で医療に詳しい人がいて、早速診てもらった。

すると傷が深いので、町の病院でちゃんと縫合した方がいいと勧められたという。

「病院・・・お金がかかる」指の怪我よりもそっちの方が心配だったらしい。

「こうしてずっと押さえていれば治るんじゃない?」そう聞き返すと、傷口はふさがるが痕がきたなくなると言われた。

治ればいい・・・そう思って病院には行かなかった。

父親が大病を患って入退院を繰り返しており、苦しい家計をおもんばかっての選択だった。

彼女の母親は、指の傷をなでては「女の子なのに可哀そうに」と泣いたという。

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僕にも同じような体験がある。

19歳のときにアルバイト先で親指の付け根を切る怪我をしたのだ。

全国に本を発送する仕事で、そのときは、伝票を見て該当する本をコンベアに乗せていく作業をしていた。

宛名ごと本の束にビニールが巻きつけられるのだが、機械の手前ではらりと伝票が滑り落ちた。

咄嗟に落ちた伝票を拾って本の上に戻したが、手が残ったまま機械で一瞬のうちにビニールが巻かれてしまった。

そしてビニールを切断する刃がゆっくりと僕の右手に降りてきたのだ。

軍手ごとざっくりと割れて血がどくどく出てきたのを覚えている。

事務所で止血用にタオルをあてがわれ、直ぐに病院に行くように勧められた。

「大丈夫です」と、血に染まったタオルを抱き込むようにして一人で電車に乗り、そのままアパートに戻ってじっとうずくまって過ごした。

病院へ行くお金がなかったのだ。

今なら「これって労災だよね」と対処できるのだが、その頃の僕にそんな知識はなかった。

しばらくは痺れて感覚がなかったのだが、数日したら元通り親指が動かせるようになった。

もし、あのとき親指の神経を失っていたら、僕はイラストを描くことはできなかった。

運が良かった。

今その傷痕は小さく目立たなくなってきているが、触れるたびに19歳の無知で無鉄砲な危うい自分を懐かしく思い出す。(今は少し知恵がついてきた分臆病になっている。)

女房の指の傷の話で、自分も右手の傷と東京で暮していた頃を思い出した。

あれから30年以上経った今、ふりだしに戻って同じ夢を追っかけていることに気づいた。

2012年12月 4日 (火)

トマトはトマトのままで

初めてのイラスト展。

蘇祢さんが告知ポスターをつくってくれた。

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蘇祢さんの準備は着々と進んでいる様子。

新聞では小さなコマでしか紹介されなかったので、ぜひ大きなサイズで見てほしいと張りっ切っている。

スロースターターの僕もさすがに妖怪のイラストをごそごそと床に並べながらどんなディスプレイにするかを考えた。

できるだけ大きい方がいいだろうとA3サイズでも出力してみた。

でも何だか間のびして見える。

元々雑誌の挿絵用に描いた小さなイラストがほとんどだから蘇祢さんの緻密な絵と違って、拡大して見せる部分がないのだ。(-_-;)

大きい方が迫力はあるけどな・・・。

ちょっとでも大きく見せたい僕に相田みつをさんが諭す。

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とりあえずトマトはトマトのままで、できるだけ簡素で・・・いいか。

そしていつかメロンができたらメロンの容器で飾ればいいや。

2012年12月 1日 (土)

身の丈の夢って?

昨日に続き今日も浜辺で海鵜を見た。

よく気をつけないと見逃してしまいそうなくらい遠い沖合に浮かんでいた。

それが「海鵜」だと教えてくれたのは釣り船を出そうとしていた集落の男性。

観察していると確かに海に潜って何かを捕まえている様子が見えた。

写真に撮ったが波の影と重なってわかりにくい。

バババ・・・と1羽が水面で助走をつけて飛び立った。

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しばらくして別の鵜を見つけた。

割と近くの水面にいたので慌ててカメラを取り出しズームアップにして・・・と

その間に海に潜ってしまった。

再び浮上するの待ってしばらく海面を見つめていた。

が・・・出てこない。

1分くらいは見ていたと思うが、そんなに息が続くはずはない・・・よね。

海中で違う場所に移動したりするのだろうか?

先ほど見た別の海鵜は潜った場所に浮かびあがっていたように見えた。

大物をつかまえて遠くに移動しちゃったとか?

不思議に思いながらその場はあきらめることにした。

かたわらでじっと「待て」をしているピースが痺れを切らしてきたし。

気になって振り返り振り返り海辺を見るがやはり鳥はいない。

まさか魚に負けたりとか・・・(笑)

目標(夢)がでか過ぎたか?

他の鳥はうまくやれたのに。

「身の程知らず」とか「身の丈に合った」のキーワードが頭に浮かぶ。

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夢が根負けするか? 夢に食われるか?

「堪忍のなる堪忍は誰もする ならぬ堪忍するが堪忍」をもじって

「やすき夢なら誰も見る ならぬ夢を見るが夢」なんて。

そんなことを考えながらぼうっとしていると哀れそうに女房が言う。

「誰も霞を食って生きられないのよ」

いまからここから

毎朝起きたら食堂にある暦をめくる。

相田みつをの言葉がかかれた小さな日めくりだ。

ちょうど1か月分、31の言葉が書かれている。

今日から12月。いよいよ師走かという感慨とともに日めくりを最初に戻した。

「いまから ここから」

相田さんの力強い言葉が新しい月の1日目をスタートさせる。

「遅すぎることはない、今からここから頑張ればいいんだ」と力をもらう。

もう50歳を過ぎてしまったけれど、死ぬまで現役で頑張れば少しはましな仕事ができるはずだと。

2日目はこう続く

「つまづいたっていいじゃないか 人間だもの」

相田さんの有名な言葉だ。

根気がなくて勇気がなくて才能がなくてお金もなくて・・・思った通りに事を進められない自分を慰めてくれる。(T_T)

6日目

「しあわせはいつも自分のこころがきめる」

大相撲の舞ノ海さんが自分を大きく変えた言葉として紹介していた。

そうだ。他と比べてもしようがない、自分がどう感じているかが大事なんだ。

好きなイラストやマンガを描けることは幸せなんだ。

9日目

「やれなかった やらなかった どっちかな」

あれ・・・? ちょっと胸が痛いぞ。

両方・・・ということにしておいてください。(;一_一)

15日目

「にんげんはねぇ 追いつめられると弱いもんだな ひとごとじゃない自分のこと」

自分はもっと弱いです。追いつめないでください。

17日目

「毎日少しずつ それがなかなかできねんだなあ」

確かに・・・。

チリも積もれば・・・千里の道も・・・ローマは一日にして・・・雨垂れ石を・・・って、分かっているけれどいつの間にか理由をつけて止めてしまったことは多いな。

そんな行ったり来たりの毎日を送っているような・・・

19日目

「生きているうち はたらけるうち 日のくれぬうち」

どき どき どき どき どき どき・・・

胸が苦しくなってきた。

とりあえず 今やれることを精一杯やろう。(-_-;)

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2012年11月28日 (水)

置かれた場所で

砂浜で小さな双葉をみつけた。

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これがどんな植物なのかわからないが満潮になれば潮が浸る場所に根をおろした。

命が芽生える場所は選べない。

しょっぱい水を飲んでさぞかし驚いたろう。

人間だってどこに生まれ落ちるかは選択できない。

僕はたまたま日本の奄美大島に生まれてきた。

それはとても幸せなことと感謝している。

運が良かった。

傍から見たらどうでも、本人がそう思えばいい。

鄙で生まれ鄙で生きても置かれた場所で頑張って生きれば

いつかそれなりに根をおろして「存在」になれるはず。

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なんて・・・

おセンチな。

いつまでも海なんか眺めていないでさっさと帰って絵を描かなくちゃ!

2012年11月26日 (月)

小説の挿絵

NHKで現役最高齢挿絵画家「中一弥」さんを紹介する番組を見た。

時代小説の挿絵を描き続けて80余年、101歳の今もなお絵筆を握るのだから凄い人だ。

水木しげるさんややなせたかしさんがずっと現役で仕事をしているので、あんな風に生きられたらなぁと憧れていたが、上には上があるものだ。

何より100歳まで生きること自体が相当難しい。

まあ、そんなに生きなくてもいいが、できるだけ死のぎりぎり近くまで仕事を続けられたらいいなと思う。

ところで、僕は去年11月から今年4月までの半年間、初めて新聞小説の挿絵を描いた。

古仁屋在住の森永洋一さんの小説「哀ユタ」の挿絵だ。

全部で184枚の絵を描いた。

2割くらいはボツにしたので200枚以上は描いているはずだ。

上手く描けなかったことが多くて、終わってから今日まで見返すこともなく棚に積み上げたままになっていた。

もう描かないと思っていたが、中さんの仕事ぶりをテレビで見て、小説を絵に表わす面白さに魅かれまたぞろ描きたくなった。

そのときの実力以上の力は出せないのだから下手な部分があるのは仕方がない。勉強して描くたびに上手くなればいいのだ。

と、開き直ることにした。

それにしてもこのイラストレーターという仕事は本当に面白い。

小さい頃から地べたに落書きをして遊んでいた果てが、今の「イラストを描く、マンガを描く、デザインをする」ということならこのギフトを神に感謝したい。

「いつか奄美の歴史や文化をマンガ絵で表現するんだ。そのために僕は生れてきたんだ」と勝手な思いこみが前に進む勇気を与えてくれる。

『勘違いも持続すれば信念』

みたいな。

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(「哀ユタ」の挿絵集めてみました。ついこの間なのに何だか懐かしい。)

2012年11月24日 (土)

小さな町の選挙で

町議員選挙もいよいよ明日が投票日。

運動最後の日の今日は各陣営とも支持を訴える声に力がこもる。

いくら瀬戸内町が広いエリアを持つとはいえ、14人も立候補者がいればどこかでかならず選挙カーに遭遇する。

誰にでも手を振るしなやかさを持たない僕はちょっと困る。

激しい選挙戦を戦う立候補者たちは本当に大変だと思う。

そうしてでも町のために一肌脱ぎたいという熱い志には頭が下がる。

自分に置き換えたら責任の重さできっと腰が引けてしまうだろうから。

家族が一番大変な思いをしているのだろう。

がんばってください。

それしか言えない。

どの陣営にも寄らずひっそりと一票を投じるだけ。

「(しがらみの多い)地方の選挙は一人一票では足らない」と言ったのは元出雲市長の岩国哲人さんだったか?

同感である。

2012年11月23日 (金)

夢見心地で生きる幸せ

「奄美の妖怪ふたり展」に展示するイラストを持って蘇祢さんが遊びに来た。

工房でコーヒーを飲みながらそれぞれの『まるで夢のような話』で盛り上がった。

蘇祢さんは大の映画マニア。

今は日本の古い映画に凝っているようで高峰秀子がお気に入りのよう。

いつか自分で映画をつくるのが最上級の夢らしい。

ともに50を過ぎた良い歳をして「・・・が夢なんだよ」と無邪気に語れる幸せ。

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池間哲郎さんの本に出てくる少女の夢は、「わたしの夢は大人になるまで生きること」だった。

フィリピンのゴミ山で生きる子どもたちが15歳まで生きる確立は3人に1人だとか。

世界には1日1食で早朝から夕方まで過酷な労働を強いられている子どもたちがいる。

日本に生きている僕らは何も考えずに普通に大人になって、さらに80歳くらいまで生きるつもりで50代の『夢』とか語っていられる。

経済的に困っていても仕事や家族に色々あっても、彼女たちの苦しみからすれば、ありえないほどの幸せな日々を送ることができている。

まだ夢見心地で生きられる幸せを自覚して、反省もしつつ、できるだけ充実した日々を送りたいと強く思う。

今日の命に感謝。

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