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    あいきじゅん★イラスト展示室
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2018年7月15日 (日)

脱水はこわい

数日前に熱中症(と思われる状態)で倒れた。

外で作業をして汗をかき、そのあと工房でヒートプレス機を使って汗をかき、

タオルで汗をぬぐいながらこまめに水を飲んでいたのだが・・・

作業中に何度かふわりと目眩がおこり、ヤバそうだなと感じてエアコンの効いた和室に逃げ込んだ。

目を閉じていても波が打ち寄せるようにぶわんと強い目眩を感じ気分が悪くなっていった。

たまらず這うようにしてトイレへ行き吐きまくった。

そのあとしばらくは玄関でうつぶせになったまま動けず。

ほおに伝わる床の冷たさが気持ちよかった。

長い時間をかけて和室へ戻り横になっていたが、なかなか気分が回復しない。

足が引きつり、ストローで水を飲もうとしても気分が悪くなって飲み込めない。

たまたまその日に帰省した娘には衝撃的な出来事だったろう。

病院へ行こうと促されたが、もう1ミリも動く気にならない。

いよいよとなったら救急車を呼ぶか・・・着替えておけばよかったなと思いつつ

うんうん唸りながら時間が経つうちに少しずつ体が楽になっていった。

その日はそのまま和室で眠った。

娘がずっとそばで様子を見ていてくれたようだ。

そして薬局でOS-1やポカリをたくさん買ってきてくれた。

これまで、いざとなれば何とかして自力で病院へ・・・と思っていたが、

とんでもない、無理だ、とわかった。

動けなくなる。

あのとき、一人暮らしの老人はこうやって静かに死んでいくんだなと感じた。

今、あつものに懲りてなます・・・ではないが、少し動いて汗がにじんだら水分をとるようにしている。

脱水あなどるなかれ。

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2018年7月 1日 (日)

うれしかった

これまで結婚や葬儀など人生の節目で大いに助けてくれた存在が同窓生だった。

たまたま同じ歳に生まれて同じ学校で学んだというだけで「ドゥシ」という特別な仲間として受け入れてくれる。

少し前には同窓の遠足にも参加させてもらった。

そうしたイベントの計画や手配を文句も言わずに引き受けてくれる同窓生がいる。

同窓生自身やその身内に不幸があったときに仕事を休んで葬儀のサポートをする同窓生がいる。

それに引き換え何も協力できていないと感じている自分は彼らの頑張りに頭が上がらない。

だから同窓生や同窓会に何か発言することなど憚られ、同窓のグループLINEにも声をだすことはほとんどなかった。

ある日、数年前に同窓会のTシャツをつくる話が持ち上がったときに書き留めていたデザインのアイデアメモが見つかった。

そのとき当初同窓会のTシャツのつもりでいたが、そうではなく、あくまでも買う買わないは個人の判断でと釘を刺されてなんとなく尻すぼみになってそのままにしていたものだった。

あと少しで還暦を迎える身となった今改めてそのアイデアを形にしてみようと思い、干支をモチーフにして子年をアピールするイラストを描いた。

”同窓会のTシャツ”という意識はまったくなく、同窓生の中でもし気に入ってくれる人がいたら安くで提供しようという気持ちだった。

芸術的な分野でのスキルが高く良き理解者だと(僕が勝手に)思っている同窓生にアドバイスをもらおうと思ってそのTシャツを見てもらった。

すると、すぐさまそれを同窓のLINEに掲載して賛同者を募ってくれた。

その時点では思いがけない展開にとまどいながらも嬉しかった。

しばらくして、同窓の女子から早生まれの丑年もイラストに加えてほしいというリクエストがあり、LINEにあげてくれた同窓は僕の負担を気遣って無理しなくていいと言ってくれたが、僕自身は逆にデザインに真剣に反応してくれた人がいることがうれしかった。

まず丑年をメインにしたデザインを作った。

でも、「一緒がいい」というリクエストがあり、メインとサブに分けた3つのデザインを作った。

それをくだんの同窓にLINEにアップしてもらい一区切りついた。

しかし、同窓生として一緒になっている者がまちまちのデザインのTシャツを着ることへの違和感がその後ずっとあって、仕事で名瀬に向かう車の中で突然あるイメージが閃いて、車を停めて同窓LINEにTシャツのデザインをやり直す旨を発信した。

橋渡しになってくれている同窓にはその後で電話を入れて勝手な行動をわびた。二転三転する事態を誰かに伝えさせるのは申し訳ないので自分が当事者になろうと思ってしたことだった。

その2日後に子と丑が一緒になったデザインを発表した。

なんとかなった。寝不足で頑張った甲斐があったと自分の中では満足していた。

思いも伝えたくてデザインについての説明もつけた。

しばらくして肯定的なメッセージがいくつかLINEに並んだ。うれしかったが積極的な返信はためらわれた。

賛同してくれる人ばかりではないはずだ。それはどんなケースでも必ずある。

そういう人にとってLINEでこのやりとりが続くのは不愉快かもしれない・・・

だからそこでは反応しなかったけど、うれしかったありがとう。

だけど、そのあとTシャツの申し込みはほとんどなかった。

たまたま町で会った同窓から声をかけられたり、前から申し込んでくれた同窓の分だけだった。

実は最近良かれと思ってしたことが何の反応も得られずにもしかして迷惑だったのでは?と後悔したことがあった

母の出身集落の豊年祭が100回目になるのを知って記念のつもりでビデオに撮った。

それを編集して50枚のDVDに焼いて会長に預けた。

自分では良いことをしたつもりでてっきり喜んでもらえるものと思っていたが・・・

集落の区長からも他の出身者からも何の反応もなかった。

とりわけ感謝の言葉を期待していたわけではなかったが、まったく無反応というのは正直堪えた。

きっと何か余計なことをしたんだ。馬鹿だな俺・・・と後悔した。

だから今度も”やっちまったか⁉︎”と、少し悔やみ始めていた。

ついさっきまで。

今夜ふいに同窓女子からLINEでTシャツの注文がいっぱい入った。

えっ、いいんだ? 賛同してくれたんだ?と思ってすごくうれしかった。

「みんな楽しみにしてるよ、みんな喜んでいる」とまでメッセージを送ってくれた。

スタンプで何気なく返信したけど、本当はすごくうれしかった。

だから、久しぶりにブログに書くことにした。

同窓LINEにくどくど書けないし、会って感謝も言えないので、何かの拍子に見るかもしれないこのブログで伝えておきます。

みんな ありがとう。

2017年9月18日 (月)

パンがない

台風18号が群島をかすめていった。

風の影響はそれほどではなかったが、海上が大時化だったために数日間フェリーが運行されなかった。

島のあるあるとして馴染みの風景になったが、スーパーや小売店の棚から食品が消えてしまった。

内地から入る野菜やパン類などが品薄になる。

特にパンがひどい。

今日名瀬の大型スーパーを何店か訪ねたがパンコーナーの棚は空っぽ、ほとんど何もなかった。

流通を数日止められるだけでこんなにも離党の脆弱さが浮き彫りになってしまうのか?

毎日の流通を前提とした社会は、もし、何か災害があって交通が遮断されたらあっという間に窒息してしまうということか。

考えてみれば、世の中のシステムのほとんどが、流通というか、流れ(フロー)を前提として成り立っている。

失業して、あるいは倒産して、お金の流れが遮断されれば、いずれ路頭に迷うことになる。

食事が途絶えれば飢えてやがて死に至る。

ガソリンは常にスタンドで補給でき、ガスで火が起こせ、電気が流れているおかげで文明的な生活が送れている。

今も未来も必要とする様々なものが常に流れ続けていることが大前提になっている。

もしも、核戦争が起きたら・・・もしも、南海トラフでの大地震が起きたら・・・もしも、世界中で食料や資源が不足したら・・・

たちまち流れがせき止められて、これまで当たり前だと思っていた状況が一変する。

明日も明後日もその先もずっと同じように続くと思って漫然と過ごさず、今日一日を大切にしないといけないな、と

仕方がないので食パンに粒あんとバターを塗りたくって食べながら思った。

2017年9月16日 (土)

ブログを書く筋肉?

まあ、いずれそのうち書くさ・・・そう思っていたが

特にブログを書かなくても日常生活になんら問題もなかったのでそのままになってしまった。

周りから「最近更新していないね?」と度々声をかけられる時期があって、そろそろ書こうかなと思うのだがすぐに気持ちが萎えてしまう。

そんなに大変な作業では全然ないはずだが、まるで長期間動かしていなかった筋肉が動かせなくなるようなもどかしい感じがしてなかなか書き出せなかった。

イラストはもうやめたのかな?それとも死んでしまったとか?と、心配してくれた知人から久しぶりに電話があった。

ホームページを見てくれたらまだ活動中だと分かると思うが、その人はブログしか見ていなかったので、倒れたまま息をしていないように感じたのかもしれない。

実は、少し前からブログを復活させている。

「あげ漫でぃ!」という別のブログでとりあえず日々のニュースを一コマ漫画に切り取って方言交じりで書いている。

ニュースなら毎日書くことがあるからと、半分リハビリのようなつもりで再スタートしたのだ。

落ちた”ブログを書く筋肉”は、徐々に感覚を取り戻してきて他の記事も書けるようになってきた。

大げさに聞こえるだろうが・・・止めてから時間が経つとなかなか再開できないものなんだなと実感している。

継続は力なり。ただ、これは何の力になっているのか分からない・・・

僕自身にとっては、記録、そしてボケ防止?ということになるのかな。

離れて暮らす親族や友人たちへは、近況報告ということでもあるだろうし。

まあいいや、理由はともかくブログを続けていこう。

全然たいしたことじゃなくても、ほら書けたし。

2016年12月31日 (土)

年末の清掃(同窓会)

12月18日に同窓会による清掃があった。

場所は、いつものように瀬戸内海の駅周辺道路。

14時から、と知らせが届いていたがいつもすでに始まっているので、今回は、15分ほど早目に着くようにした。

ながく島を離れていたカズヒロも参加していた。

ぼちぼちと人が集まり出し、慣れた様子で清掃を始めた。

ここは36年生がするんじゃない? ここは後で役場がするんじゃない?

・・・という、コーラル橋のところも、会長のヒデキがおもむろに草刈りを始めるからみな渋々?あとに続く。

ま、いっか。 どうせ誰かがやらなきゃならないし。

と、いうわけで2時間ちょっと草刈り・清掃に精を出した。

たぶん、奄美のいろんな場所が有志によるボランティアで維持されているんでしょうね。

僕は・・・いつも申し訳程度の参加でほんと申し訳ない。

 

でぃ、さっさとすろぉでぃ!

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こんなに動いたらやせるんじゃない?

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マナブはいつも仕事がきれいじゃやー

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はげぇ、うまちばしゅんわけ?

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どすどすどす

積んで、積んで

どすどすどす

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だーがでぃ すろぉち?

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にゃあいいが、終わり! だれった~

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はい、おつかれさまでした。


奄美で大相撲!!!

12月15日に奄美市名瀬の総合体育館で大相撲巡業イベントがあった。

いつもテレビで見ている力士たちをナマで見るチャンスだと思い出かけた。

いつかは本物を観戦したいねなんて言って過ごしてきたが、いつの間にか還暦も近い歳になり、これから先何があるか分からない、もしかしたらこのまま一度も見ることなく人生が終わるかもしれないという気持ちもあった。

おそらく僕らより先に逝くであろう80歳越えの親戚のおばちゃんも誘って行った。

こんな機会めったにあるもんじゃない、しっかり目に焼き付けて帰ろうね。

テレビで見ていた本物の関取たちがぞろぞろ。

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僕らは椅子席だったが、マス席の人たちは、シートに線を引いただけのスペースに小さな座布団を敷いて実に窮屈そうだった。

長時間床に座っているのはさぞ辛いだろう・・・椅子にして良かった。

相撲甚句

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横綱白鵬の綱締め

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横綱鶴竜の土俵入り

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大相撲トーナメント。番付に影響する本割ではないので当たりもそれなり。

白鵬が優勝した。

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感動したのは、日馬富士が明生に稽古をつける姿。

イベントだからとお茶を濁さずに、ガチに(そう見えた)稽古をつけていた。

日馬富士の優しさを感じた。

ちびっこ力士たちには、強くなるためにはちゃんと努力しないとだめなんだよというメッセージも伝わったと思う。

力士をはじめ、親方、行事、呼出し、床山・・・等々総勢180名が来島したとのこと。

ありがとう、楽しい時間を過ごせました。

2016年12月 9日 (金)

ひさびさの完徹

今年のあまみエフエムのイラストは少し凝ってしまって

かなり時間がかかった

最後の2週間くらいは朝から深夜まで描き続けて、昨夜とうとう徹夜になった

頭がぼうっとして胃がもたれる懐かしい?感覚・・・

やらなきゃいけないことが次々あるけれど

しばし死んどこう

来年はもっと早くから・・・むにゃむにゃ・・・

Photo

2016年10月31日 (月)

Tシャツのデザイン再考

「いろいろ盛り込みすぎて派手」とか

「絵が可愛すぎて子どもっぽい」とか

Tシャツのデザインについては、身内からは概ね不評だった。

もっとシンプルに、大人がフツーに着れるデザインにすればいいのにと。

先日娘に頼まれて線だけのシンプルな絵をTシャツにしたら、思いのほか良い感じに仕上がった。

”シンプルな絵”というのが、ちょっと分かったような気がした。

シンプルな絵は、男も女も大人も子供も、だれでにでも似合う。

だから、現行のデザイン群を少ししぼって、代わりにシンプルなデザインを増やすことにした。

でももうすぐ冬だよね。

もうちょっと早く思いつけば良かった。

<子どもっぽいって言われたデザイン例>

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こんな感じ・・・やっぱりそうかな?

これからは、もっと”オトナな絵”のTシャツも作ろう。

と、思いました。

2016年10月26日 (水)

健康診断

毎年秋に町が行う健康診断を受けてきた。

会社勤めのときは職場での集団検診が義務付けられていたので毎年ちゃんと受けていたが、退職してフリーな立場になってからは、受けたり受けなかったりだった。

健康だから・・・毎年受けなくてもたぶん大丈夫だと。

でも、僕より若い人が病気で突然亡くなったりすると、けっして油断はできないと用心して、並んだりするのは面倒だと思いながらも健診に出かけるのだ。

父も母もがんで亡くしているので遺伝的な不安もある。

8時半頃に健診の会場に入るとすでにおおぜいの人が受付の順番を待っていた。

受付の順番待ちは想定していなかった。

入口で仮(?)の受付けをして番号札をもらい、問診票に記入した後、正規(?)の受付けを済ませてから健診がスタートする仕組みになったようだ。

一人ひとり順番に番号を呼ばれて受付けを済ませてから検尿のコップをもらう。

この受付けの段階でけっこう待たされるが、その分各健診はあまり待たされることなくスムーズに流れていたようだ。

検尿コップを置くところに使い捨ての紙ナプキンとかあれば良いのになと思った。

トイレで手を洗わなかった人がかなりいそうだし・・・。

あと、待ち時間が長くて手持無沙汰にしている人がいっぱいいたから、こんなときこそ、町の広報などを受診票と一緒に配れば良かったのに。

ポスティングよりしっかり読んでもらえたと思う。

あるいは広告とってその分を抽選で景品くれるとか・・・きっと受診率上がると思う。

今回も胃透視を受けた。

バリウム飲んでぐるぐる回されて、毎回なんでこんなことするんだろうと思っていたけれど、あれは、胃袋の壁にまんべんなくバリウムを這わせるためだと受診票の裏に書いてあった。

なるほど、たるをころがす要領だ。

しかし、あれはけっこうしんどい。

握力のない年寄りが頭から滑り落ちたりはしないんだろうか?

バリウムを飲むときに身体を曲げたり反らしたりして胃袋にまんべんなく流すよう意識すれば少しはぐるぐるを容赦してもらえたりするのだろうか?

2時間以上かかったけど、ちゃんと健康診断受けてほっとした。

とりあえず一年間安心して働けるよう、ぜひとも「異常なし」の免状をいただきたい。

どーかどーか。

2016年9月18日 (日)

今年の豊年祭DVD

集落の豊年祭をビデオ撮影してDVDにした。

2013年から始めて今回で4回目。

それより前の年は司会進行も経験したが、人前で喋るより黙ってビデオを撮る方が気が楽なので、この役割を気に入っている。

撮影も編集も素人同然だが、カメラに付属していた編集ソフトを使って、MPEG2で約90分の映像をDVDに焼いている。

集落の歴史のひとこまを綴っている思いで(とにかく映っていればと)割り切ってやっている。

パッケージの裏面には、敬老者の名前を入れている。

毎回、亡くなった人の名を消し、新しく敬老になった人の名を加えている。

犬を散歩させていた頃、浜辺で会うといつもニコニコしながら声をかけてくれた人が今年鬼籍に入りその名前を消した。

日に日に体力が落ちていく高齢者にとって1年の期間は長い。

ビデオの最後に「来年につづく」とメッセージを入れているが、もしかしたら来年は敬老席につけない人がいるかもしれない。

僕にしても次にまたビデオを撮れるとは限らないけどね。

先のことは分からない。

とりあえず、今年もDVDができた。

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