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2016年1月 9日 (土)

年賀状ありがとう

年賀状の意義とか問われたりするようだけど

いただくとやはり単純にうれしい。

その反面、印刷だけの儀礼的な年賀状が後から返ってくると

出さない方が良かったのかな?迷惑だったかな?と気になる。

来年は出さずにおこうかとそのときは思うのだが、その時期になって見返してみると

先に届いたものか後からのものなのか分からないので結局また出してしまう。

どうしているか気になっていた友人から今年久しぶりに年賀状が届いた。

一言添えられた自筆の文字を見てほっとした。

年賀状の中には宛先のみならず通信面まですべて自筆で書かれたものもある。

このことのために割いてくれた時間を思って感激する。

僕は今のところ宛名も通信面も印刷して一言添える程度で済ませているが、次回は筆ペンなど使って汗をかいてみようかな。

「昨年は大変お世話りなり・・・・本年も・・・」の紋切り型ではなく、近況や心境などを自身の言葉で印刷しているものもあり、これもまた良いなあと感心した。

前に専門学校の教師をしていた女房には、毎年たくさんの元生徒たちから年賀状が届く。

女房は元生徒たちのことを”子どもたち”と呼んでいる。

最初の教え子の卒業から14年~7年が経っているので、それぞれ転職や結婚や出産など色々あって、それらの報告が添えられている。

半分母親の気持ちで嬉しそうに読んでいて、いつも羨ましい関係だなと思って見ている。

アナログな関係ってなかなか良いものだ。

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2016年1月 2日 (土)

手に負えないことをやる!?

NHKで漫画家の井上雄彦さんのことを紹介する番組で

「バガボンド」を描いている途中で起こった心境の変化について語る場面があった

手に負えないことをやる」と心に決め、思うようにならない筆で描く事を始めたと

もうだいぶ前の放送だったけどその言葉がずっと心に引っ掛かっていた

僕はそんなストイックな生き方はしてこなかった

手に負えそうなことを選択し、居心地の良さそうな場所に身を置いた

きっと無意識にそうしていた

そうすると、まあ大体こんな感じかなと終着点らしきものが見えてくる

思ってもみなかった所へ辿り着く可能性はほとんどない

去年いつ頃からか井上さんのあの言葉が何度も頭に浮かんで

心おだやかでいられなくなった

体力や気力が徐々に衰えていく歳になってきたけど

ちょっと抗ってみよう

自分には出来そうにない、居心地の悪いところに行ってみよう

希望もある

もがきながらよじ登れば

凡人には凡人なりの成長があるのではないかと期待をしている

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今年もうスタートしているので、とりあえず

筆で描く (CGも筆タッチで・・・)

毎日休まずマンガを描く (ブログ「あげ漫でぃ!」で始めた)

を実行してみる

これから少しずつ”面倒くさいこと”、”手に負えないこと”を増やしていこうと思っている

2014年8月 5日 (火)

名刺のカドの話

前回のブログで名刺についてちらと触れて思い出したことがある。

先月瀬戸内町のリゾートホテルに販売用のTシャツを預けてきたとき

そこでホテルを経営している会社の会長と偶然会って、しばらく話をした。

会長は僕の高校の先輩で顔なじみだ。

「今 何しているの?」と聞かれて名刺を渡すと

角を丸くした名刺を見て、「これは女性が持つ名刺だなぁ」と苦笑まじりに言う。

会長が言うには、名刺の角を丸くして優しい雰囲気を出すのは、ほぼ女性か、ポップアーティストなのだそうだ。

初耳だったが

立場上大勢の人と名刺交換をしている人だから一般的にはおそらくそうなのだろう。

でも、僕が角を丸くしたのは別の理由。

坂本龍馬のある言葉を名刺で表現してみようと思ったのだ。

「丸くとも 一かどあれや 人心 あまりまろきは ころびやすきぞ」

世に媚びて 丸くなっていくと ころころと転がり続ける。 人間には揺らがない「カド」も必要だ・・・みたいな。

それが毅然とした態度につながるのだろう。

もちろん理想。 実際は転びの連続だ(笑)

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ちなみに「丸くとも・・・」の言葉は、司馬遼太郎の書いた「竜馬がゆく」で有名になったよう。

元は一休禅師の言葉という説も。

「一カドは何なの?」と問われるとうまく答えられないけど・・・。

2014年2月 5日 (水)

おじの花壇

おじが訪ねてきてお茶を飲みながらしばらく話をした。

おじは母の葬儀に個人と会社名で生花を供えてくれたが

その花鉢をひとつ持って帰って

花壇に挿し木をして育ててくれている。

(おじにとっては)妹の葬儀に供えられて花をこのまま枯らしたくないという思いだったらしい。

優しい人だ。

花壇だって自分のものではない。

道路脇の荒れた花壇を誰に頼まれたのでもなくせっせと耕して

少しずつ花を植えていって作ったものだ。

道を通る人が気持ち良くなればそれでいいからと。

供花の菊はその花壇の端にそっと植えられた。

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80歳を過ぎた今もよく働く。

畑仕事など頑張り過ぎて家族が心配するほどだ。

若い頃に大病をした経験もあり

毎朝起きたときに元気でいることに感謝しているという。

おじが言うには

「僕は人より優れた能力はないし体力も自信がないから、その分を時間で稼ごうと思って頑張ってきた。」

「他の人より1割でも2割でも長い時間働いて追いつこうと」

一代で会社を興しそれなりに財を成した人の含蓄のある言葉だった。

奢るところがなくどこまでも謙虚な人だと思った。

僕も人より長く、

夜更かししながら頑張っているつもりだけど・・・

中身が薄いんだよね。 (;一_一) お酒飲みながらだったりするし・・・。

2013年10月 3日 (木)

「想い」は届くか

久しぶりに名瀬の総合グラウンドへ行ってみた。(歴史民俗資料館に用事があったついでに)

むか~し、ヨロンマラソンに参加したときに練習のつもりでここの周回コースを走ったりした。

入口付近にはマラソンランナー野口みずきの記念碑が建っている。

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アテネオリンピック金メダリストもかってここでトレーニングしたのだ。

碑には「走思走愛」と刻まれている。

おそらく相思相愛というマラソンへの想いを表現したのだろう。

故障のため長い間競技から遠ざかっていて先々月の世界陸上で復帰したが

残念ながら途中棄権して「復活」とはならなかった。

もしかしたら若い世代がこの碑を見ても「この人だれ?」ってことになるかもしれない。

できればもう一度その「想い」が結ばれる瞬間を見てみたい。

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2013年4月28日 (日)

「TPP」の素朴な不安

TPPの交渉参加が正式に決まったことを受けて

たった今NHKで特集番組をしている。

冒頭に甘利大臣が「横綱と前頭しかいない中に(日本という)大関が参加してバランスが良くなった」とか、「お互いによく話し合って参加国すべてがWinWinになれるように・・・」とか言っているのを聞いて、マジで不安になった。

「日本は喰われる」と。

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お互いの利害関係は強力かつ複雑で、単なる話し合いで簡単に決着がつくとは思えない。

エゴとエゴのぶつかり合いになるだろうし、煮え切れない状態を打開するために強引な幕引きがありそうで恐い。

って言うか、そもそも後からやってきた日本は厳しい決断を迫られて、(今さら参加しないと言えないし・・・)みたいな抜き差しならない状態に陥って、不利益な条件を呑まざるを得ないのでは?

外から安い食物が大量に入り込めば、小規模生産でコストの高い日本の農業、酪農、畜産等々は、ひとたまりもないだろう。

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そうなって一番恐いのは、

食物の自給率がめちゃくちゃ低い国になるということ。

日々食べるものを外から買い続けなければいけないということ。

それって恐くない?

もし、地球規模の災害とか異常気象による食料不足とかおこったら

どの国も自国民を守るために精一杯で輸出なんかしないだろうし、手遅れになりそうで恐い。

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TPPがどんな条件になっても、何らかの施策で日本の食物の自給率が下がらないようにしてほしい。

中身がよく分からないまま単純に関税撤廃に対する不安を書いてみたけれど、TPPには良いことも色々あるはず。

でも、それと引き換えにできないこともある。

2013年4月25日 (木)

「島育ち」の歌手が亡くなりました

お昼のニュースで歌手の田端義夫さんが亡くなったとの報道があった。

バタヤンの愛称で親しまれ奄美にもなじみの深い方だ。

昭和37年に「島育ち」が大ヒットして、奄美大島の人はもちろん喜んだが、田端さん自身も低迷していた中で復活を果たすことができた。

・・・とか。

歌はよく聞いて知っていたが、ご本人のコンサートとかは行ったことがなかった。

だからニュースを聞いたときに、ああ、「島育ち」を歌った人が亡くなったんだ・・・と思った。

どんな人だったかな?と思って当時のジャケットを検索して描いてみた。

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享年94歳とのこと。

大変息の長い歌手で、こんな風にその道ひとすじで生きてこられた方は恰好良いと思うし、尊敬する。

合掌。

2013年4月19日 (金)

「呼べは応える」が欲しい

歳のせい、だと思うが

最近何かしら物を探すことが多くなった。

以前はこんなことはなかったのに・・・。

ケータイは電話で呼び出せば場所をつきとめられるから便利だが、

車のキーとか他の小物は探すのに一苦労だ。

「ここに置くぞ!」と強く念じてから置く場合もあるが、たいてい無意識だ。

そもそも持っていたのかさえ記憶がさだかでないときがある。

同じように困っている人は多いはずだ。

家電メーカーあたりが便利な道具を開発してくれないだろうか?

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2013年4月14日 (日)

昔のことを思い出して

今朝港で以前真珠会社で働いていた頃の船を見た。

その港に行くことはほとんどなかったが、今日はたまたま清掃作業に参加して立ち寄った。

朝の出勤で船に乗り込むかっての同僚たちの姿が浮かんだ。

不思議にずいぶん昔のことのように感じる。

過去を懐かしく思うのは今が苦しいからって、何かで読んだ気がするけど

だめだな・・・しっかりしないと。

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2013年4月13日 (土)

サンガツサンチ

旧暦の3月3日は、家族そろって海へ潮干狩りに行く。

と、決まっていた。

大島南部は特にその風習が根強く残っていて、お店も開いてないし、生徒も早めに帰ることができた。

最近はそうでもなさそうだけど。

目の前が海だけど、日差しが強くて出る気がしなかった。

子どもが家に居た頃は浜で弁当を広げる楽しみもあったけど・・・。

町から車でやってきた家族連れを遠目に見ながらついに今年は浜に降りなかった。

この日海に行かなかった人は「カラスになる」らしい。

意味は分からないけれど、子どもの頃からずっとそう言われてきて、なんとなくプレッシャーになっていた(笑)

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