2016年6月28日 (火)

ヤギのミルク

先週龍郷町の「それいゆ農園」に寄ってヤギのミルクを買った。

最初に訪ねたときは、ヤギ汁のイメージがあったので、匂いがありそうで敬遠したが、後日娘の「くせがなくて美味しかった」の食レポを聞いて、僕も試しにミルクを飲んでみることにした。

小ぶりなボトル150ml(200円)を購入。

人生初のヤギ乳。

「アルプスの少女ハイジ」でハイジやペーターがごくごく飲んだあれだ。

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「・・・!」

「あれ? 美味しい! 牛乳より飲みやすい(と僕は感じた)」

想像していたような匂いなどなくてさらりとしている感じだった。

ヤギのミルクって全部こんな感じだろうか? 餌で変わるのだろうか?

ほんとに美味しかった。

牛乳と比べると割高だけど、スイスに行かずともハイジと同じものを飲めた ( ^ω^ )

昔は、奄美のあちこちでヤギを飼っていたけれど、ミルクの話は聞いた記憶がない。

どうしてだろう?

これまで、ヤギと言えば、ヒンジャ汁だったし、せいぜいヤギ肉カレーくらいしか思い浮かばなかった。

ヤギ乳もありなんだ。

(ペーターがパンにはさんで食べたあのチーズもあるらしい)

2016年6月26日 (日)

清掃作業

先週の日曜日は、集落民こぞって河川の清掃をした。

集落内を流れる小さな川のゴミを取り除き側面の草木を薙いだ。

作業が一段落ついた後、集会場に集まってお茶を飲んだ。

そのとき、おにぎりですと言われて出されたのは、赤十字のマークが入った小袋だった。

「ここの折れ目を破って開けてください」

「手が汚れていても直接触れないで食べることができます」

どうやら災害があった際の配給食らしい。

いざというときのためのレクチャーだった。

どうか、”いざ”が来ませんように。

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(少し味がついていた。うすくち醤油を使ったとか)

今日は、同窓生の清掃活動に参加した。

いつものように海の駅周辺の草刈りをした。

仕事の電話が入る予定だったが、ケータイを家に忘れてしまった。

後でかけ直せばいいかと諦めて作業を続けた。

ケータイがないので写真を撮れなかったが、みな黙々と頑張って清掃をした。

まじめなんだよホントに。

次の土曜日は、シーカヤック大会のために浜の清掃作業がある。

続くなぁ。

2016年6月20日 (月)

危機の脱しかた

この前のブログを読んだ友人から、知らない土地や夜中にバッテリー上がりをした場合の危機をどう乗り切るかのアドバイスをもらった。

そういうときは最寄りのタクシー、または、軽貨物に事情を伝えて来てもらえばいいとのこと。

現場までの移動にかかった分の料金を支払えばよいのでは?という提案だった。

なるほど。タクシーや軽貨物であれば夜更けまで営業しているし、ケーブルも常備しているだろう。

良いアイデアだと思ったので、このブログで紹介しておくことにした。

うっかりライトをつけたままエンジンを切るのは僕だけではないだろうから。

ブログを読んだ誰かの役に立つかもしれない。

ところで、暮し向きが干上がった場合の乗り切りかたを誰かアドバイスしてくれないだろうか?

やっちまった

土曜日に奄美民謡大会を見た(&聴いた)後、TSUTAYAに寄って1時間ほど過ごした。

そろそろ家へ戻ろうと思って車に乗り込んでからキーを回したが、何の手応えもない。

何度やってもスカッと空振りする感じ。

まさか!と思い、ライトのスイッチを確認するとスモールが点いている状態になっていた。

どうやらバッテリー上がりらしい。

またやってしまった。(他の車で何度も経験)

すでにガススタンドも営業を終えてる時間帯なので他の車に応援を求めないといけない。

しかしいざ声をかけるとなると誰もみな家路を急いでいるように見えて気後れしてしまう。

結局、残業中の娘が仕事を終えるのを待って駐車場まで来てもらった。

ブースターケーブルをつなぐとすぐにエンジンがかかった。

しばらくエンジンをかけたままにして充電しないといけないので、買い物をしている間もエンジンはかけたままだ。

古仁屋に帰るまでの山道でもしもエンジンが止まったら泣いてしまう。

深夜0時に家に到着してようやく安堵した。

無事に着いたことをLINEで知らせたら娘からすぐに「よかったー!!!」と返事が返ってきた。

何かあったら再び救出に向かうつもりでスタンばっていたようだ。

2016年5月24日 (火)

またまたハブ

ついさっき、コンビニに行こうと家を出てすぐの三叉路手前でハブに出会った。

蒸し暑い夜なので、ハブが出そうだなとは感じでいたが・・・

ハブは道を横切って移動中だった。

今度はY兄を呼ぶ間もなく、轢き殺そうと試みたが逃げられてしまった。

道の際で脱輪しそうだったので深追いはできない。

もしかしたら、逃げたのではなく車の下に潜りこんだのではないかとも考えて

振り落とすイメージで時々ブレーキを踏んだりしながらコンビニまで走った。

今年は、何だかハブをたくさん見そうな気がする。(;一_一)

しょっちゅう見る年とほとんど見ない年があるが、縁起的にはどっちが良いんだろうか?

いずれにしても、「そうだハブ取りセットを買っておこう」という気にはならない。

トートガナシ

2016年5月23日 (月)

ハブの季節になりました

先週金曜日の夜、今年最初のハブに遭遇しました。

もうちょっとで家に着くというところでヘッドライトにそれが映ったのです。

今回はネコも一緒でした。

一触即発といった状況で睨みあっています。

ネコがハブに咬まれるのではないかと心配して、車を近づけたり、軽くクラクションを鳴らしたりしたのですが、お互い微動だにしません。

ハブ VS ニャングース。

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ライトで照らしたままにして、またあの人を呼びました。

過去に2度通報してハブを捕獲してくれたY兄です。

お酒は飲まないので、家にいればきっと来てくれるはず。

案の定、電話をすると二つ返事ですぐに駆けつけてくれました。

ハブはあっけなく御用となり、新調したばかりのハブ箱に収まりました。

1メートル以上はありそうでした。

隣接する空き地が、ここ数年はまったく手入れされている様子がなくて荒れ放題なのでハブの格好の隠れ家になっているかもしれません。

よくよく用心しようと思います。

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ジメジメと湿って、気温が高くて、いい季節になったよね〜(ハブ)

2016年4月25日 (月)

貴重な写真資料を見せてもらった

先週の日曜日に蘇祢さんに誘われて宇検の村長さんの家を訪問した。

村長さんは絵画が趣味で二元会の会員でもある。

落書きのような僕らの絵とは次元が違うのだが、同じ?「絵」の話仲間としてたまに招待してくれる。

自宅の敷地内に施設ギャラリーがあって、そこで色々”ゆんきゃぶる”。

いつも絵やイラスト、ケンムンの説話などを楽しそうに語ってくれ、しかも奥さん手作りの美味しいお菓子とコーヒーがついているので時間を忘れてつい長居をしてしまう。

そこで貴重な奄美の古い写真をたくさん見せてもらった。

その中で特にすごいと思ったのが、「奄美の島々」という古い写真集だった。

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これまで見慣れた”奄美の懐かしい写真集”よりもう少し遡った戦後間もない頃の島の風景や人々の暮らしぶりが掲載されていると感じた。

初版発行は昭和31年だから僕はまだ生まれていないのだが、写真からニオイが蘇ってくるような錯覚に陥る。

生活の変化はゆっくりだったろうから、写真に写っている景色の名残が記憶の端にかかっているのかもしれない。

一緒に行った2人も古い文献や写真から作品のヒントをいっぱいもらったようで興奮していた。

しかし、こうした貴重な資料が例えば行政機関にあったとしても定められた保存期間が過ぎれば棄却される運命にあるようだ。

定期的に人事異動が行われる役所では、そういうことに全く関心のない人も配置されるわけで、その場合容赦なく処分されてしまうだろう。

建設課などは業務上たくさんの写真を撮っていただろうし、それぞれの地域の貴重な資料となるべきものもあったと思うが、おそらくどの市町村でも粛々と廃棄処分されたはずだ。

奄美大島のどこかに群島すべての文化遺産となる資料を一括して保管しておく大きな施設があれば良いのにと思うのだ。

そうなれば民間の貴重な写真も集まってくるだろうし、そこでデジタル化していけば永く保存できて後世への文化遺産になりうるのに・・・。

100年後の奄美にはどれだけの資料が残っているだろうか?

2016年4月12日 (火)

トイレが死んだ

トイレの水が流せなくなった。

パナソニックの電動で動くタイプだが、ボタンを押してもウンともスンとも言わない。

扉の開閉や他の機能は生きているのに洗浄だけができなくなった。

業者に見てもらったら、ターントラップがダメになっているので、交換して、ン万円かかるとのこと。

メーカーのホームページを見たら、業界唯一の可動式排水方式で100年使用を想定した耐久性らしい。

あと86年分どうしたんだ? (T_T)

2016年4月10日 (日)

圧力なべが爆発する事実を知ったこと

これまで通りの使い方をしたつもりだったが

圧力なべが突然爆発した。

粉々に散ったわけではないが、「バーン」と激しい音をたてて鍋ごとコンロから吹き飛んだ。

まさに一瞬の出来事だった。

「爆発」という表現がぴったりの衝撃だった。

プラスチックのロック部分が割れて飛びわずかな隙間から中身を四方八方にまき散らしていた。

天井も床も壁もそこらじゅうがジュルジュルの汁だらけになった。

爆発の瞬間にそばに居なくて本当に良かった。

いや、そばに居てやばい状況になる前に火を止めるべきだったかもしれない。

いずれにしても、怪我しなかったのは幸いだった。

この恐怖心を克服して再び圧力なべが使えるだろうか?

2016年3月21日 (月)

宇検いいね

昨日フリマをやっている阿室を目指して宇検村へ行った。

湯湾(ゆわん)~名柄(ながら)~佐念(さねん)~平田(へだ)~阿室(あむろ)と焼内湾の奥から外海へと続く道沿いに車を走らせた。

こんなにも遠いものか? 宇検村のエリア半端ないな。

会社員だった頃に仕事で何度も通った湯湾~名柄さえ遠いと感じた。

佐念から平田に向かう途中できれいな浜辺に行き当たった。

案内板に「タエン浜」と書かれている。

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対面に見えるのは枝手久島。

この角度から見るとけっこう大きな島だと気づく。

標高が高そうなので水もあるのだろう。 でも、無人島だ。

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道々から見下ろす浜辺はどれもきれいだ。

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平田も過ぎようやく阿室集落へ到着した。

古仁屋から龍郷くらいの距離は軽く走っているに違いない。

フリマは集落中ほどの公園で行われていた。

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宇検村は過疎のイメージが強かったが、会場には子連れの若い人達が多かった。

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玉子のつかみ取りで歓声が挙がっていた。

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道路沿いの看板がユニークだ。

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誘われて集落を散策した。

阿室小中学校の清潔感のある整ったたたたずまいに足が止まった。

学校を囲む塀には鮮やか緋色のツツジが植わっている。

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そう言えば行き交う子どもたちがみな「こんにちは」とあいさつしてくれる。

この学校ではそう教えているのだろう。

近くにはりっぱな共同墓地もあった。

宇検村のあちこちでこういった施設を目にする。

急激に過疎が進み個々の墓を守る人がいなくなる中での賢明な選択だと思える。

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せっかくここまできたのだから果ての屋鈍集落まで行ってみた。

集落の入り口にはきれいに設えられた海水浴場があった。

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けっして人手は多くないはずだが、どうしてどこの施設もきれいをキープできているのだろうか?

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屋鈍の石垣の積み方は瀬戸内町の西古見と同じだと思った。

西古見と屋鈍は尾根をはさんで実は近いのだ。

でも山越えの道は今は通れないらしい。

Uターンして湯湾方向へ引き返した。

途中で名柄小中学校も写真に収めた。

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湯湾集落の「宇検食堂」でランチをとった後、お向かいの「うけん市場」を覗いた。

お祝いに使うつもりなのだろう、テラダを買い求める客が続いた。

残念ながら売り切れだそうだ。

方々で若い人たちを見かけたことを店員に話したら、Iターンの入植者が増えているとの返事だった。

広いエリアにわずか2000人足らずの宇検村だが、それなりに充実感をもって生活できる地なのだろう。

見た限り放置されて荒れた施設がなかったのも驚きだった。

ケンムンたちも気に入って棲んでいるようだ。

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