2010年9月 2日 (木)

献血したかったのに

献血するために会場になっている町役場へ行った。

先ずは督促がきていた固定資産税を納めて気分をすっきりさせてから、受付で申し込みの記帳をした。氏名、住所、勤務先・・・ここは「自営業」として飛び越える。

次のテーブルで新しい献血カードを発行してもらった。これまでの紙の記録が全部1枚の磁気カードにまとめられた。

そしていよいよ最終チェック。過去に2度ここまでたどり着いて血圧測定で下が100を超えていたため断られた経緯がある。でも、今は血圧の薬を飲んでいるので比較的安定しているはず。「今度は大丈夫だ」そう思いながら測定前の問診に答えていた。

「手術をされたことがありますか?」「あります。胆嚢を摘出しました」「そのとき輸血とかされました?」「さあ・・・麻酔で眠っていたので分かりません」「分からない!?・・・輸血をしたかどうか分からないんですか?」

えーっ何でそこにこだわるの? 手術中は眠ってるというか気を失っているような状態なんだから輸血したのか血を抜かれたのか普通分かんないでしょ・・・。と思って面くらっていたら、「せっかく来ていただいて、申し訳ありませんが・・・」とまたもや献血を断られてしまった。

気の毒そうに差し出されたジュースを断ってトホホの気分で帰途についた。「もう献血なんて行かない。縁がないんだきっと」と愚痴りながら、3度断られたのだから本当にもう献血はやめようと思った。

晩ご飯のときにふとそのことを思い出して看護師の女房に経緯を話した。輸血そすると感染のリスクがあるらしい。断られたのは大事をとってのことなのだ。「ところで、胆嚢摘出の手術をしたときに輸血をしたの?」「していないよ」「ほんとに」「うん、輸血したらちゃんと説明があるから」

そうか、それなら次から輸血OKじゃん・・・ってオレやっぱり輸血したがってるし。

2010年8月31日 (火)

年金をもらいすぎる人、もらえない人

所在不明の超高齢者が全国的に問題となっている。僕の住む奄美でも各市町村で一斉に調査を行ったと新聞で報道された。今朝の新聞の1面トップで「120歳以上所在不明者1362人」「喜界町では168歳も」と掲載されていた。

さすがは長寿日本一の島だ。

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今回の一連の騒ぎで知ったことは、誰かが届け出をしない限り戸籍は更新されないという事実。そうか、そういうことになるのか・・・。と、電子化が進む市役所のシステムの中でアナログ的に人間がかかわらなければならないアキレス腱のようなものを見た思いがした。

中には家族が本人の死亡を何十年も隠し続けて年金を受給していたという事件もあった。所在不明者には当然支給されないだろうから、168歳のご老人が109年間の長きにわたり年金を受給することはなかっただろうが、もしかしたら既に本人がいないのに登録された住所を基準に無駄に支給されているケースがあるかも知れない。

死んでも年金を受給できる人と何年も年金を納めたのに1円ももらえない人。

前回のブログで義弟が亡くなったと書いたが、義弟は後者の方。ねんきん特別便で200万円を超える納付が確認できたが、社会保険事務所で確認したところ、支給の要件を満たしていないということで遺族年金も一時金もなかった。

ちなみに女房の家族は父、母、妹、弟とみな60歳に満たない年齢で亡くなったので誰も年金も受けていない。いわゆる”掛け損”だ。

不幸にして病気や事故で早死にした場合はみな自己責任なのだろうか?

年金を受給せぬうちに死亡した場合は、せめて、それまでに納めた年金の3分の1か半分を遺族に返してくれるような制度でもないと安心して年金を納めれらないと思うがどうだろうか?

「年金は賭けるつもりで掛けている」 いつか見たサラリーマン川柳だ。もう今は笑えない。

2010年8月22日 (日)

新盆の夜に思う

先月末に義弟が亡くなった。

弟といっても歳は僕と同じ。姉さん女房をもらったのでそういう関係だった。

お酒を飲み過ぎて肝臓を痛めては何度も入退院を繰り返していたが、今回ついに回復せぬままに死んでしまった。

7月15日に緊急入院で病院に運ばれてから亡くなるまであっという間だった。「うそだろ」みたいな信じられない出来事だった。人ってこんなにあっけなく死んでしまうんだと。

葬儀をしていても本人がどっかで生きているような不思議な感覚がしていた。「やっほ」と片手をあげて笑いながらそれでいて少し遠慮がちな感じでいつものように現れそうな気がしていた。

通夜の夜、僕と女房と子供たちだけになったとき少しむすっとした遺影を眺めながら”おじちゃん”(こどもたちはそう呼んでいた)の酔っぱらったときの武勇伝や偏屈だったことや、融通が利かない生真面目だったりしたことを語り合って大いに笑った。次から次へと思い出が尽きなかった。本当に不器用で生きるのがヘタなおじちゃんだった。でも、僕の子供たちをとても愛してくれた。いつもなけなしのお金をはたいて高価なプレゼントを買ったり、子供と一緒になって真剣に遊んでくれた。

女房は若いころに両親を亡くし、6年前に妹を亡くし、そして今回たった一人の肉親であった弟にも先立たれてしまった。もう誰もいない、一人ぼっちになってしまった。子供たちが家に居てくれた数日間ななんとか気丈に過ごしていたが、その後しばらくは家から一歩も出ずにしくしくと泣き暮していた。なぐさめる言葉がなかった。

時間はありがたいもので、今はもうだいぶ元気になっている。外に買い物に行ったり、友達に会いにいったりと普通に過ごしていることが多くなった。

今日はお盆の入り。厳密には49日を過ぎていないが、それなりの期間があったので引き寄せて新盆として義弟の魂を迎えた。気取ったポーズの若い頃の写真と笑って焼酎を飲んでいる写真を飾って、大好きだった焼酎を添えて。もう誰も「飲むな」とか「しっかりしろよ」とか言わない。好きなだけ飲んでへべれけになって・・・。でも、そんなことを考えると少し辛くなる。飲んじゃいけないと思いつつ飲んでしまい自己嫌悪に陥っていただろうと想像すると、飲酒を咎めたことが悔やまれる。こんな風に死んでしまうんなら最後まで気持ち良く飲ませてあげたかったとも思う。

しかし・・・実はまだ実感がない。葬式を済ませ、住まいの後片付けをして、お盆もして、もうこの世に存在しないことをはっきり理解しているはずなのに、ふと忘れてしまうことがある。まだどっか近くに存在しているような気分が続いている。

いずれにしても生活にまた落ち着きが戻ってきつつある。約1カ月も中断していたブログも再開することができた。今度のことで、同窓生のありがたさや人の温かさあるいはその逆のことなど色々なことを感じた。いずれまた書こうと思う。

2010年7月26日 (月)

水がきた!

以前の女房は水をほとんど飲まなかった。市販のミネラルウォーターさえ変な味がすると言ってお茶ばかり飲んでいた。

それがある日飲めるようになったのである。テレビでCMが流れたこともあるZ温泉水の電話勧誘に「まあ千円くらいなら・・・」とあまり期待せずに購入して飲んでみたところ、「あ、美味しい」と自分でもまさかみたいな感じでするっと飲めたのである。

すぐに月一回の購入では足らなくなり、たびたびスーパーで買足すようになった。それならいっそのこと定期購入の回数を増やそうと10日に1箱のペースで配達してもらうことにした。僕もZ温泉水を飲みだしてからは他の水が飲めなくなり、知らず知らずに二人とも”依存症”になっていた。

10日も経つ頃になると箱の中身が少なくなり、箱を傾けて絞り出すようにして水を飲みながらもうそろそろ着くはずだと文字通り渇望していたのである。それなのに、支払いをめぐってちょっとした手違いがあり水が届かなかったのだ。

支払いは毎回箱に同封される郵便振替用紙で入金するのだが、大概は後からついでのときに(覚えていたら)みたいな感じで呑気に入金をしていた。月に3回にしてからはさすがに面倒なので口座振替の手続きをした。それまで振込用紙が届いた分はちゃんと入金をしていた・・・はずだった。

ところが、今月の14日に5月の分が未入金ですと電話で告げられ、それなら紛失したかもしれないのでお手数かけますが振込用紙を送ってくださいと頼んだら、では入金の確認がされるまで水は送りませんと厳しい宣告をされた。

その前にも女房が電話で未入金があると指摘されたらしいのだが、よく分からなかったらしい。昨日振り込んだものがまだ入金処理されていないのかとか、今手元にある振込用紙がそれなのかと呑気な対応でいた。5月だったとは・・・。

しかもちょうど水が切れたその日、宅配便が届くはずの前日に非情な宣告を受けてうろたえた。「水がこない、どうしよう!」そういう事態になるとは思わなかったので、冷蔵庫にはそれに代わるお茶もなく、まさかビールを飲むわけにもいくまい、スーパーに買いに行こうということで、とりあえずペットボトルの水を数本買って帰った。(Z温泉水は車で1時間ほど走った大手スーパーには置いてあるのだが・・・)

女房はまた水が飲めなくなった。僕もさすがにペットボトルの水が美味くないと感じていた。それでもお茶を買ったり、水を買ったりしながらこの10日間をなんとか乗り切った。仕打ちが何だかくやしいから、もし同じように美味しい水に出会ったらZ温泉水はキャンセルしようとかとも思って色々な水を試したが、あらためて比類ない美味しさを再認識することになった。

そして待望の水が今日届いた。こんなに待っていたとは想像もしないだろう宅配業者が「印鑑ください」と差し出す伝票に印を押しながら笑顔がこぼれそうになるのが少しくやしい。

そしてやっぱり美味しいのだ。くやしいけど。

2010年7月23日 (金)

クスリを食べる?

僕は血圧が高いので薬を飲んでいる。遺伝的に高血圧の家系なので若い時から注意しなさいとは言われていたが、特にからだの調子が悪くもなかったのであまり気にとめていなかった。

上が160、下が120というような状態でずっと病院にも行かず5年ほど放置していたのだが、たまに後頭部に痛みというかだるさというか嫌な感覚を覚えることがあって、「やばいな・・・」とさすがに怖くなって病院に通いだしたのだ。

MRで頭を調べてみると、(先生が言われるには)脳に小さな出血の跡が2か所ほど見られるのと、頸椎の血管が少し狭くなっているとのことだった。「危険ですよ。倒れるときはあっという間ですよ」と不用心をさんざんたしなめられて心を入れ替えたわけである。もし倒れたら家族みんなが不幸になる。

だから今日も薬が切れる前にちゃんと病院へ行った。診察はいたって簡単。調子はどうですか?と尋ねられ、特に変わりはないと答えると、じゃあ胸の音を聞かせてくださいと聴診器をあてられて終わる。いつもの薬を30日分出しておきますねと言われてやっと薬を入手する権利が与えられるのだ。

本音を言うと、特に自覚症状がなければ薬だけもらえればいいのに・・・と思う。受診するお金と時間がなんだか惜しい。せめて3回に1回くらいの受診でいいのにと心の中で愚痴る。

薬局に行き、病院から受け取った処方箋を渡して薬をもらう。僕の薬は2種類。はじめは服薬の習慣になじめず忘れることもあったが、今は毎朝欠かさず飲んでいる。ぼくのように呑気な人間は少し問題を抱えていた方が普段から健康に気を使っていいのかもしれない。一病災息とも言うし。

薬局では信じられないような光景を見た。75歳以上と見られる高齢者がありえないほどの量の薬を渡されたのだ。湿布薬も入っていたのでカサが多くなったのだろうが、それにしても痩せた体に一抱えもある紙袋は尋常ではないように思えた。まるで薬を食べよというように・・・。おばあさんはたくさんの薬の種類を忘れずに飲み分けられるかそっちを心配していた。

支払いは2200円だった。本人1割負担だから22000円分の薬が使用されたことになる。そんなものなのか?そんなに薬を飲まなければならないのか?でも、事情を知らない外部の者がとやかく言う権利はないので、「大変だな」とか思いながら黙って見ていた。案外見た目より深刻な病気かもしれないし、他の家族の分もあるのかもしれない。

塩分控えよう、間食とかやめよう。運動もしよう、痩せなくっちゃ・・・と、日ごろ粗雑に扱っているからだの反乱におびえ、健康でいようとあらためて思った。

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2010年7月17日 (土)

ハブが出た!

夜の帰り道でハブに遭遇した。

ついさっきのことだ。僕の住む集落の入り口の三叉路を右に折れてすぐヘッドライトの中ににびよーんと伸びたハブが映った。びっくりしてブレーキを踏み、一瞬躊躇した後すぐにそれを轢いた。一度轢いたくらいではハブは死なない。そのままバックしてライトの先を見ると、いない・・・。えーっ、いない!確かに轢いた感触があったのに・・・。

いったん車を走らせて少し広くなった処でUターンして探してみたが見つからない。再びUターンして元の方向に戻して目を凝らしてみると・・・今度は居た。道路端の側溝の脇でとぐろを巻いてじっと動かない。

うーんどうしようかな・・・この状態で轢こうとすればタイヤが側溝に落ちる可能性があるし、かといってそのまま去ってしまうわけにもいかない。この道はみんなが利用しているし、徒歩で通る人もいるのだ。

突然横に乗っていた女房が「あ、そうだY元兄ならきっと大丈夫だ」と言って携帯電話で助けを求めた。Y元兄は同じ集落に住んでいて割と何でもやるたくましい人だ。

約5分後に軽トラックでやってくると落ち着いた様子でハブ捕りセット(ハブを捕獲する棒と保管する木箱)を取り出して、おっかなびっくりで見つめている夫婦の前であっけなく捕獲して木箱に納めた。

ハブは役場に持っていくと一匹4000円のお金になるのだ。撲滅するための助成や血清をとるためのお金らしい。以前は5000円もらえたのだが、需要と供給の関係だろうか、4500円に下がり、やがて4000円になった。

だからハブ捕りの道具を持って普段から車に積み込んでいるような人にとっては、猛毒のハブを駆除したというよりも道に落ちていた千円札を拾いあげたといった感覚なのだろう。「一回轢いてるからや、月曜日まで生きているかい?」とハブの命を心配していた。死んでしまえばお金にならないからだ。

「ついでにもう少し回ってくる」と言ってその場を立ち去った。どうやらハブ捕り魂に火がついたようだ。

僕らは家に帰りついてから駐車場から玄関までのやや薄暗い中を目を凝らして歩いた。くねくねと動く生ハブを見たばかりなのでなんとなく足元が頼りなくて落ち着かない。本格的な夏に向かうこの時期に彼らの活性が高まるので遭遇する機会が増えるのだ。 台風来るし、ハブ出るし・・・。奄美の夏はそこが悩ましい。

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2010年7月12日 (月)

梅雨が明ければもう真夏か・・・

梅雨がまだ明けない。遅い梅雨明けの記録を更新しそうだとか。

それでも、今朝いつものように海岸を散歩していたら海が空が「夏」だった。忘れていた真夏のじりじりした日差しを思いだした。

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ここ数日ホームページをつくるために睡眠不足だ。それで頭がぼんやりしていたせいか知らないけど、今日面白い聞き違いをした。

集落のマイク放送で区長が「集落のみなさん、県職員住宅、ユーミーマンションのみなさん」と呼びかけてから伝達事項を伝えていた。ふーん、マンションとかいちいち言うんだ・・・みたいに聞いていたら、最後に「マンションお売り払いの上・・・」って区長が言った。

えっ?と思って、二度目の放送(いつも続けて二度言う)に耳を澄ませたら、「万障お繰り合わせの上」だった。

売れるものなら僕も売ってお金つくりたい。(笑)

やっぱり少し疲れているみたい。

2010年7月 6日 (火)

残念、ボツだった

奄美市名瀬の夜の社交場(飲み屋さんがいっぱい並んでいる通り)、通称「やんご通り」が今年で100周年を迎えるにあたり、「やんご」のイメージキャラクターの募集があった。

賞金目当てで締切間際にメールで2点応募した。発表は7月上旬となっていたので、もうそろそろかなと思って気にしていたら、今朝の新聞に結果が載っていた。最優秀、優秀とも県外からの作品が独占して、地元勢(どれだけ応募があったが分からないが・・・)は選外だった。

ボツになったけど気に入っていたキャラなのでいつか漫画に登場させようかな。

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お酒が大好きなケンムンが一張羅の泥染め甚平を着てアマミノクロウサギ(♀)を連れ出して山を下りた。髪が赤くてももう誰も気にしない。いい世の中になったもんだ。さあ今宵も「やんご」へGO!

もうひとつは女房が気に入ってくれた作品。コンセプトは一緒でシンプルに描いたもの。

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2010年7月 4日 (日)

漫画同人誌の思い出

だいぶ前に漫画同人誌を発行していたことがある。今日片付けをしていたら箱からごそっと出てきた。

地元に住む5人の仲間で始めた同人誌は「童夢」。創刊号の表紙裏に「漫画-子供たちの夢を育んできたもの。そして、大人たちの童心に語りかけるもの」と書かれている。タイトルはそんな意味を込めてつけたものだったが、後に大友克洋先生の同名漫画があることを知り気恥ずかしい思いをした。

当時は今のようにパソコンで描くことなんてできない環境だったので100%手描きだ。スクリーントーンすらほとんど使われていない。田舎ではなかなか入手できない高級グッズだったのだ。そしてフキダシのセリフはすべてワープロで文字を打って切り抜いて貼り付けた。

懐かしく読んだ。 それぞれの漫画の一部を紹介したい。

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2010年7月 3日 (土)

シーカヤック大会へ向けて浜辺の清掃

明日は町の一大イベント「奄美シーカヤックマラソンin加計呂麻大会」が開催される。

比較的波の穏やかな大島海峡にコースを設けフル36㎞、ハーフ20㎞の距離を漕ぐ。今回で18回目を数え、今年も全国からたくさんのカヤッカー(?)がエントリーしているが、聞いた話では宮崎県からの参加者が数名棄権したらしい。

口蹄疫問題で畜産農家が苦しい思いをしている中でお祭りに参加するのは憚られると思ったのか、車で移動してくることに対して地元農家の懸念に配慮したのか・・・いずれにしてもまるで宮崎県の人たちが悪いことでもしたかのような隔離された状況は気の毒だ。

それはともかく、大勢の方々がこんな遠くまで足を運んでくれたのだから、明日が選手にとって思い出に残る良い一日になることを祈りたい。

僕の住んでいる集落の浜辺はコース最初の通過ポイントになっている。普段はきれいな浜辺だが、最近の大雨で川から大量の木くずやゴミが浜に打ち上げられて無残な状態になっていた。

それで大会前日の今日、午後から集落民による浜辺の清掃が行われた。せっかくきれいな景観を楽しみに参加している選手たちをがっかりさせるわけにはいかない。せめて海からの眺めはきれいに整えておかないと・・・。

しかし、天気がイマイチぱっとしない。灰色の雲が空を覆ってまだ夕方6時頃だというのにうす暗い。一雨降りそうで降らない・・・今日はずっとこんな感じ。

明日はちょうどいい天気になればいいな。カンカン照りじゃなく雨じゃなく、少し曇っているけど明るいみたいな・・・。

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(清掃の途中で海を写した。向うに見えるのは加計呂麻島、手前の赤いのが通過ブイ)