わが家にとっては驚異的に長持ちしていた仏花もとうとう萎れてきた。
今日でちょうど20日経つ。
新しい花で「褒めて咲かせる」作戦をまた試してみよう。
いつもの浜辺の散歩。
大島海峡を見ながら30分ほど歩くとリフレッシュできる。
奄美に住んでいることが嬉しい。
今日は一日イラストを描いて過ごした。
完成して送った後も色づかいが気になってずっとパソコンをいじっていた。
今回は、「よし、OK!」と自信をもって出せなかった。
まだまだ努力が足りないな・・・。
と反省しつつ、お向かいの居酒屋さんへ。
生ビールでちょっと一息。
壁に飾ってある凧はマスターの出身地である五島のものだとか。
明日はもう少しがんばろうかな。
うす暗くなって庭に出たときにふと気配(?)を感じてバナナの樹に近づいた。
するともう枯れてしぼんだとばかり思っていたバナナが下がっていた。
ぼんやりとした暗がりの中だったが色づいているのがわかった。
「うそ・・・」
今年は台風の直撃を受けて、門扉は壊れ庭のバナナの樹も倒された。
夏に小指ほどの小さな実をつけていたバナナの樹もあったが、もうすぐ地面に着きそうなほど傾いていた。
まだ折れてはいなかったので、突っかい棒をしてようやく斜めのままで持ちこたえることができた。
しかし、葉は散れ散れに裂かれ、枯れて細くなった葉がかろうじて残っている小指ほどのバナナにからみついていて、「ああこれはもう駄目だな」と思えた。
定期的に庭の手入れをするマメさがないので、わが家の庭は荒れ放題に近い。
そんな過酷な状況の中で今年バナナが3回実をつけた。
しかし、3回目の今度のバナナは小さく樹も瀕死の状態だったのでまともに成長するとは思っていなかったのだ。
なので、普通ならまだ青いうちに収穫して家の中に吊るして熟させるのだが、今回は黄色く熟れるまで気づかずにいた。
見た目は少し悪いが味はまあまあだった。
バナナの樹のがんばりを思うとひとつも無駄にしないで大事に食べようと思う。
ありがとう。
昼間、妻のところにチェーンメールが届いた。
被災地への電気供給が不足しているので、九電が東電へ送電することになり、九州の人もできるだけ電気を節約するよう協力してほしいとの内容だった。
詳しい仕組みは分からないが、ここで節電した分が被災地に届けられるなら、おおいに協力したい。
というわけで、今夜の我が家はいつもより一層暗い。(テレビとパソコンはつけている)
つくばにいる娘の声を聞きたくて電話をかけるのだが、「被災した人たちのために通信は控えて」と通話を断られてしまう。
「スカイプなら、携帯の電波に影響を与えないから、それにして」と。
「スカイプ」って言われても、聞いたことはあったけど・・・。
娘から届いたメールを頼りに、インターネットにつないで、”SKYPE(スカイプ)”なるものをダウンロードした。
そして、少し手間取ったが、娘につなぐことができた。
専用のマイクがないので、イヤホーンをマイクがわりに使って会話した。
「もしもし、聞こえる? ・・・あ、聞こえた」
パソコンのスピーカーからちゃんと娘の声が届いた。不思議だ。
妻を呼んで、しばらく会話を楽しんだ。スカイプ同士なら無料なのだ。
興味はあったけど、面倒くさそうだったので今まで手を出さなかった。
人間って必要に迫られたらやるもんだな。
今度はお互いの顔を見れるようにWebカメラをつけて・・・と、だんだん欲も出てくる。
3月11日の午後2時48分、娘から携帯電話がかかってきた。
仕事中だったので、迷ったがとりあえず電話に出た。
「もしもし」小声で、今仕事中だから、と言おうとしたら、いきなり、
「お父さん、地震!地震! すごい揺れてる、怖い!」叫び声が聞こえた。
娘は地震とか雷に対して極端な怖がりなので、「今、地震があるの? 大丈夫だよ、すぐにおさまるから・・・」となだめようとした。
が・・・、何かが倒れる音がする。娘の声もこれまでとは違い悲鳴に近い。
さすがにただ事ではなさそうだと思い、向い側に座っている同僚に、「今つくばに居る娘から大きな地震が起こっていると電話がかかっている。関東地方で地震が発生しているかも」と告げた。
電話の声はほとんど涙声になっている。
かなり長い間揺れているようだ。離れているので、助けをもとめられてもどうしようもない。
やがて、揺れが収まり、外の様子を知らせてくれた。部屋から見える場所で家屋の屋根が崩れているらしい。人々が慌てて外へ飛び出してきたとも。
自分も出た方がいいか聞かれたので、とりあえず、玄関のドアを開けて、まだ部屋に残るように指示した。屋根が崩れるようなら、余震での落下物が怖い。
もし、窓ガラスが割れたり、壁に亀裂が入ったら、外に出なさいと言ったが、そうなった場合アパートの階段を駆け降りることができるだろうか?
すぐに余震がきた。さっきよりは揺れが小さいという。
同僚たちが、インターネットやテレビで大きな地震の発生を知り、職場は騒然とし始めた。
つくば市は震度6だったと後で知った。
やがて携帯電話の通話ができなくなった。
町に津波警報が出され、海岸付近の住民に対し避難勧告が出されたが、それよりも関東に住む子どもたちや兄弟、友人のことが気がかりだった。
連絡がとれなかった息子から無事だとメールが届いたのは夜だった。
テレビでは信じられないような惨状が報道され、度々地震警報が流れていた。
その晩、僕らは、テレビをつけっぱなしで、携帯電話を握りしめながら床に就いた。
友人たちの無事を確認できたのは、翌12日の昼だった。
余震は、まだ続いているようだ。
今年はなんだか寒い。
これまで島の冬は、寒さもゆるい感じで大丈夫だったけど、
今年は寒いぞ!!
この前の日曜日(16日)は奄美で一番高い山「湯湾岳」に雪が降ったとか。
道理で寒かったはずだ・・・。
でも平野部では降っていないので、正式な降雪とはならないらしい。
その日は、奄美市の総合グラウンドでオリオンビールのキャンペーンがあって、野球の試合をやっていたけど、吹きっさらしの応援席にじっとしておられず、15分も見ないうちに退散した。
そして電機屋に行き、2台めの石油ストーブを買ってしまった。(今使っているのは、ほぼ奥さん専用になっているので。)
以前は寒くても暖房をつけず、朝は窓を開けて空気の入れ替えとかしていたのに・・・根性なしになってしまった。歳のせいとは考えたくないが・・・。
真夜中にトイレに入ったら、窓の所でガサゴソを何かがうごめく気配・・・恐る恐る覗いてみたら、スズメ(?)が冷たい風を避けるために窓の隙間にうずくまっていた。
みんな、この寒さに戸惑っているみたい。
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