娘がイラストデビュー
今月15日発売された「世界の宗教」(別冊宝島)で娘が数点のイラストを描いた。
まだ学生だが一応イラストレーターとしてのデビュー作となるか!?
「お金があればニートになりたい」とぼやきつつ(笑)、卒論に取り組んでいる・・・はず。






イラストはこんな感じ。 数えたら全部で11点あった。
世界の宗教について色々な視点から書かれているが、専門書と違い、一般の人にも分かりやすくなっている。
興味がある人はぜひ読んでみてください。
今月15日発売された「世界の宗教」(別冊宝島)で娘が数点のイラストを描いた。
まだ学生だが一応イラストレーターとしてのデビュー作となるか!?
「お金があればニートになりたい」とぼやきつつ(笑)、卒論に取り組んでいる・・・はず。






イラストはこんな感じ。 数えたら全部で11点あった。
世界の宗教について色々な視点から書かれているが、専門書と違い、一般の人にも分かりやすくなっている。
興味がある人はぜひ読んでみてください。
町の書店で「奄美戦時下 米軍航空写真集」を買った。
注文するつもりでいたが、たまたま1冊置いてあったので中身も見ずにその場で購入した。
消費税込みで3780円。
分かってはいたが、支払うときに一瞬躊躇する値段だ。
当時の町や集落の様子が伺えればと期待していたのだが、さすがに民家の姿までははっきり確認することは難しい。
それでも地形や道路、田んぼなどはくっきりと写っているし、写真ごとに簡単な説明が加えられているので見る時の手掛かりになる。
これらの写真はもともと米軍が軍事施設などの爆撃目標を確認するための資料として撮影されたものらしい。
すでに空爆を受けて破壊された町の様子なども写っている。
古仁屋などは空爆の翌日に撮影されたものらしい。
ほんとに僕らの住んでいるこの地に爆弾が投下されたんだ。

もっと写真の隅々をくわしく見たいと思い、通販でルーペを注文した。
豆粒の家々の中で当時の人々がどんな暮らしを営んでいたか想像しながら味わいたい。
昨日(日曜日)
海がすごく穏やかだったので
ピースの散歩の後、衝動的にシーカヤックを持ち出して沖に出た。
ピースも同伴。
トンキャンの方角に赤い旗を立てた船が数隻見えた。
測量か何かの工事船かな?と思ったが、
それにしては数が多い。

船の一群が接近してきてどうやらスイマーの伴走をしているらしいことが分かった。
しかも一人に一隻ずつ。

時間を決めて交代で泳いているようだ。
何事だろうと思いながら少し距離をとりながら見物した。
伴走する船から僕に手を振る人もいた。
手を振り返したが、実は目が良い方ではないので誰だかよく分からない・・・。(一人は分かった)
スイマーたちと船団は嘉鉄の方向へ進んで行った。
僕らは古仁屋の港近くまでのんびり舟を漕いで引き返した。

満ち潮に押されて沖に逃げるようにしながらなんとか清水の浜辺に帰った。

しばらくして落ち着いてからあのスイマーたちのことを調べようとネットを検索したが
観光関係とか町のイベントでは探せなかった。
雰囲気からして大島海峡の縦断とか、けっこう大掛かりだったんだけど、一体何だったんだろう? (そのうち新聞に載るのかな?)
台風接近で海が荒れた翌日に海辺を散歩したら
無数のサンゴ石が浜に打ち上げられていた。
大きさはだいたい野球ボールサイズからサッカーボールサイズまで。
たまに一抱えもある大きなものもあった。
何かに使えないかな・・・。

中にはこんなものも

「あまちゃん」を連想する。
いつかあのウニ丼を食べたいな。
午前中に新聞社へメールを書いて
さあ送ろうと思った矢先に停電でパソコンが切れた。(;一_一)
近づく台風の影響でどこかの送電線が切れたのかもしれない。
しばらく停電が続いたので今日の締め切りが気になりジリジリした。
午後に復旧したが、またすぐ切れるのでは?と思い、なかなかパソコンを立ち上げる勇気がない。
もしもハードディスクが動作しているときに突然停電したらデータがクラッシュする可能性があるからだ。
これまでろくにバックアップをとっていなかったことを悔やむ。
パソコンと停電についてはトラウマがある。
個人で使う小型のコンピューターが出始めてマイコンピューター(マイコン)と呼ばれた頃、まだまだエクセルやワードとかまともなソフトは世に出ておらず、使う人各々がMS-DOSやBASICを駆使してパソコンを動かさなければいけなかった。
そしてデータを保存する手段は、カセットテープからようやく8インチのフロッピーが普及した頃だった。(順番通りに読み書きするシーケンシャルから必要なものを自由にアクセスできるランダムファイルに変わる画期的なものだった)
しかし、読み書きが遅い。
今のように一瞬でHDやメモリに記録する状況からはとても想像できない。
ちょっとしたプログラムの記録もカチャカチャカチャ・・・とのどかな音を聞きながら気長に待たなければいけなかった。
なので、今のように気軽に記録することができず、たとえば昼休みまでとか、外出するまでとか、ぎりぎりまで作業を続けてからやっと保存するような状態だった。
しかし、その頃はよく停電していた。
何の前触れもなく突然プツンと電気が切れる。
フローチャートに沿って一生懸命考え考えプログラミングしていたものが一瞬で消えてしまう。
ディスプレイと同じくに目の前も暗くなる・・・(゜o゜)
コンピュータの怖さはここにある。
それまで積み上げたデータが実にあっけなく一瞬で消えるのだ。
だからバックアップは大事! (と、頭ではわかっている・・・。)
停電で困ることが他にもある。
うちの1階のトイレの洗浄は電動なので停電のときは水が流せずに使えない。
そんなときは、コックをひねって水を流す2階のトイレがありがたく感じられる。
紙にペンで描いたものは古いものが残っているけれど、パソコンで描いたCGはいつか何かの拍子に消えてしまうかもしれない・・・。
アナログの方が逞しいような気がする。

まともなら本当にやばい台風だったけど
暴風域がぎりぎりかすめる感じで心配したほどではなかった。
一夜明け、さっそく窓や車の水洗い。
このときのために用意している高圧洗浄機をひっぱり出した。
何しろ海そばなので塩害がすごい。
台風用の支線(島独特かな?)のステンチェーンですらところどころ錆びている。
エアコンの室外機は越してから2つダメになった。
車は水洗いもためらうほどの手遅れ状態。(普段の手入れを怠っていたからだけど・・・)
とりあえず車検が切れるまでは頑張ってくれ。
家の雨戸を全部洗ってから戸袋に納めたら部屋の中がぱっと明るくなった。

特に被害らしい被害はなかったけれど、庭のバナナが何本か倒れた。
そのうちの一本に実が成りかけていたので一応吊るしておくことにした。
食べられるようになるだろうか?

今年は台風が来ないねぇと安心していたら
台風24号がまともに来そうだ。
今は沖縄と与論島が暴風域圏内に入ってこっちへぐんぐん近づいている。
935hPa、風速50メートル(最大瞬間風速70メートル)の「非常に強い台風」だ。
しかも奄美大島の西側を舐めるようにして通過する。
東と西では台風の強さが全然違う。
台風は反時計回りに回転しているので進行方向と風向きが一致する西側はやばいのだ。
今度は移動速度も速いので
スタン・ハンセンが突進しながらウエスタンラリアットをぶちかますみたいな衝撃が来る。
(ちょっと古いプロレスファンなら分かると思うけど)
家の前が海なので波しぶきとともに「グォォォーン・・・」という唸り声を上げて何度も何度もぶちのめされるんだ・・・。
死ぬかも (;一_一)
そこら中の電線がぶち切れて停電になるだろうし、最悪、家屋倒壊でこれが最後のブログになるかもしれない・・・。
今まで読んでくれた人ありがとう。
そのくらいビビっている。
ちょっとした台風でさえ 「ギシギシ」とか「ベキベキ」とか「バキッ」とか不気味な音を立てて揺れまくっているのに・・・。
夜から明日の朝にかけて一番強くなるらしい。
今夜はピースと一緒に闇の中でふるえて眠れないかも・・・。

3日前のこと
今描いている挿絵の参考にするために名瀬の歴史民俗資料館へ行った。
ついでに3階展示室に飾られている昔会社勤めだった頃の展示品も見てきた。

資料館への展示を依頼されてデザインしたものだ。

イラストはその頃出たばかりの「ポスカ」を使って描いた。

真珠をただ陳列するだけじゃ面白くないので、ショーケースを海の中に見立てて飾ってみた。

思えば、会社に勤めている間にこんな風な「創る」仕事をいっぱいさせてもらった。
大は記念式典の会場づくりから小は社内報の挿絵まで、様々なことに夢中で取り組んだ。
(もちろん本来の事務の仕事もしていた (;一_一) はず)
「創る」という心ときめくイベントにずっと関わらせてくれた会社や上司に感謝している。
本当に幸せな時間を過ごさせてもらった。
今は、僕の我儘に付き合ってくれている家族に感謝している。

9月に入ってから奄美の各集落で十五夜豊年祭・敬老会が開催されている。
僕の住む集落でも先週の日曜日に祭りが行われた。
ここ数年は司会の役目が回ってきていた。
人前で話すのは特に苦にはならないが、
皆を笑わせるような島口を織り交ぜた軽妙な喋りとか全然できないので、内心ではやりたくないなぁと思っていた。
豊年祭の1週間前に集会場に集まったときに区長から今年は「ビデオ係」を頼まれた。
実はビデオカメラは壊れて使えなかったのだが、司会よりは気楽だし、万が一マワシをつけて相撲を取るよりは・・・(笑)と思い快く引き受けた。
翌々日、早速新しいビデオカメラを買ってきた。
(前に使っていたカメラは送料を負担して修理に出したが部品がないと断られた。さらに、中に入っている8ミリテープを取り出したければ後2000円必要と連絡があったが、この申し出は断った。バッテリーの金具が一つ外れているだけでビデオカメラが丸々パーになったのだ。悔しいからそのまま送り返してもらった。いつか買い替える必要があると思っていたので良い機会だと思った。)
パナソニックのHC-V720M。
壊れたカメラは当時のSONYの最新機種だったが、新しいカメラはそれより半額以下で性能は格段に上がっていた。
性能が優れているせいなのか?・・・ほぼぶっつけ本番で撮った映像はところどころ”色とび”してしまった。
オートの設定で撮影したのだが、日差しが強くなると露出オーバーのように白っぽくなったのだ。

とりあえずすべてを撮り終えて
2時間半ほどの映像を1時間以内に収めるために3~4日ほどかけて編集した。
1時間なら見ていて飽きない範囲だと思うし、MPEG2のきれいな映像で残せるからだ。
いくつかの余興を省けば楽にまとめられるが、せっかく練習して披露した出し物をカットするのは忍びないので、すべての演目の中身を少しずつ削るという方法をとった。
相撲の取り組みもすべて残すことにした。
なるべく映像の繋がりが不自然にならないように秒単位で中抜きを繰り返して縮めていった。
パッケージを作成するのに更に1日・・・昨日やっと区長に届けてきた。
集落の人に1本500円で販売するつもり。
半分ボランティアみたいなものなので儲けは考えていないけれど材料費と手間賃を少しでも回収したい。(゜-゜)
ビデオ作りってけっこう面白くて凝ったらどんどん凝りそう・・・。

清水の十五夜豊年祭・敬老会の様子をちょっとだけ紹介。







人間が人の顔を認識する能力はずば抜けているらしい。
親しい人のみならず、普段買い物する店の人、近所の人、テレビで見た人などを名前まで分からずともいつの間にか覚えている。
以前テレビで、見たものをすべて記憶してしまう青年の話が紹介されていたことがある。
脳の障害で特殊な能力が発揮されているとのことだった。
ただし、人の顔だけは記憶できないという。
それは固定された情報ではないからだ。人の顔の筋肉は複雑で絶えず微妙に変化しているから認識できないというのだ。
普通の人々が顔を認識するというのは実はすごい脳力を働かせているのだ。
ところが脳の障害でこの力を失ってしまうことがある。
「相貌失認」とういう症状だ。
先天的なものと後天的なものがあるが、軽度のものを含めると実に2%の高い比率らしい。
そんなに?・・・と思うが
先日「カトク芸術祭」のときに日ごろお世話になっている新聞社の人の顔を認識できなかった・・・。
買い物をしているときや道ですれ違ったときに挨拶されてさっぱり思いだせないこともある。
今日も今日で豊年祭を見物していて隣に座った男性から声をかけられてが思いだせなかった。
「えっ?分かんないの?」という顔で名前を名乗ってくれたが、「ああ、そういえば何となく似ている」と思った程度だった。
その人はホテルの経営者で僕は以前そのホテルで親しく会話しているのに・・・顔の記憶が曖昧だった。
AKBのメンバーがみんな同じに見えるのは単にオジサンだからだと思っていたけれど、もしかしたビョーキ的なものか?
過去に何度か人違いをしたこともあるし・・・(ーー;)
って・・・何だか不安に思うのは昨日見た映画「フェイシズ」のせいだよね。
「フェイシズ」の場合は重症だったけど。
軽度を含めると50人に1人って言われると・・・ちょっと。

きっと記憶力が衰えているだけだよね・・・だって
似顔絵描けなくない? (;一_一)
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