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2019年4月の30件の記事

2019年4月20日 (土)

Tシャツ作りのペース

笠利の奄美空港を過ぎて、あやまる岬まで行かないところに「まえだ屋」がある。

大島紬と島のお土産品を扱っていて、ブルーシールのアイスクリーム屋さんも隣接している。

先日「令和」も含めてTシャツの注文が大量にあったが、一度には応じられないので、とりあえず少しだけ納品に訪れた。

1日せいぜい20〜30枚作るペースなので、たくさんの注文は嬉しい反面、納期を示されると間に合うだろうかと困惑してしまう。

他の店の分はひとまず置いて、まえだ屋さんの注文に集中することにしているが、昨夜も夜中の3時まで作業をして、今日やっと少し持っていけたという状況だ。

連休までになんとか間に合わせるよう頑張るつもりだが、他の仕事を少し休んでしばらくはTシャツ作りに集中した方がいいかもしれない。

それが終わってももちろん連休などない。

個人事業者にとってそれはありがたいことなのかもしれないが…

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まえだ屋さんの店内。

新元号を選定する際のメンバーだった宮崎緑さんが着ていた白紬は、このお店で購入したものだとか。

2019年4月19日 (金)

図工の時間

Tシャツや貝殻キーホルダーなどのグッズを販売するときには、それを収めるパッケージが必要になる。

あるいは、それについてのPOP広告のようなものも作る必要があったりする。

素材に何を使おうか? どんな形にすればいいだろうか? どんな図柄を入れたらいいだろうか?

その商品を手にする人の心持ちをいろいろと想像しながら、絵を描いたり、文字を入れたり、切ったり貼ったりと、まるで小学生のときの図工のように夢中になっている。

マベという真珠貝の貝がらを初めて使ってキーホルダーを作成したときは、そのマベ(貝)をボール紙に印刷して二枚貝が閉じた状態をパッケージして開くと中に真珠のごとく貝がらキーホルダーが現れるといった大変凝ったものを作った。

試作を重ねているときは、寝るのが惜しいくらいに没頭していたが、いざ商品としてパッケージする段になって何百個という数を作らねばならなくなり、紙を貝の形にハサミで切るだけでも手が痛くなってしまった。

少量なら工夫を凝らす楽しみもあるが、それを商品としてある程度まとまった数を作る必要がある場合は、デザインと機能性をもたせつつ、制作過程をできるだけシンプルにする必要があることも少しずつ学んできた。

新しいことを始めるときは、それに伴い何かしらの”図工”が必要になるものだ。

それは、パッケージ関連だったり、POP広告だったり、作業のための道具だったりと色々あって、その都度デザインして、作って、試している。

つまり、図画工作している。

今日は、ビッグツーのハンガーパイプにひっかけるカードをたくさん作った。

すでに自分で使っているものだが、売場の担当者にそれが便利であることを説明して、「他の方(Tシャツ業者)のためにも作りましょうか?」と調子に乗って申し出たために、20枚作るハメになってしまったのだ。(当然ボランティアで…)

A5サイズにカットした厚紙をポールに挟めるようにしただけのシンプルなものだが、これだけでも2時間近くかかってしまった。あまり安受けはしないようにしよう。

あれこれいじりながら試作品を作っているうちは”図工”のようで楽しいが、同じものをひたすら作り続けるのは”作業”になるのでちょっと辛い…

ちなみに、小学生のとき通知表で図工だけはずっと「5」だった。(あとは悲惨だが…)

大人になってからもずっと、もうやがてシニア世代になろうかとしている今も、”図工”の時間を楽しんでいられるのは、けっこう幸せなことかもしれない。

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でも、夢中になりすぎて他のことがおろそかになるので、よく叱られたりもする。

子どもの頃は母に、今は妻に。

2019年4月18日 (木)

復帰運動65thの冊子

「奄美群島の日本復帰運動を伝承する会」という団体が発行する冊子にイラストを描かせてもらった。

昨日名瀬に行った際に出来上がったその冊子を受け取ってきた。

復帰65周年を機に子ども向けに作られた本ということだが、特に噛み砕いた内容にはなっておらず、ルビが振られていない漢字が多いので、小学生には難しいかもしれない。

寄せられた体験者の証言を綴って当時の状況を浮き彫りにしていくというスタイルである。

巻末と裏表紙に5年後(今回の続編として)復帰70周年の冊子を刊行する旨のことが記されている。

その頃には復帰当時小学生だった人も80歳前後になっているはず…当時20代以上の大人で関わった人となると一体何人が存命中であろうか?

奄美のトラさん曰く、「僕も歳だからね、次が最後、それで終わり」

次回は、記憶を記録にしていく地道な作業の集大成になるようだ。

あと5年、まずは皆さん元気でいてください。

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次回70周年の本は、子どもたちが読みやすいようにマンガにしません?

2019年4月17日 (水)

休園日だった!

奄美パークの売店「ゆらん郷」に置いているTシャツの3月の売上げが昨日ファックスで送られてきた。

記載されているのは数量だけなので、デザインの種類やサイズを確認するために奄美パークまで行ってきた。

ついでに新元号記念のTシャツを置かせてもらうという目的もあった。

ところが、パークの入り口にはロープが張られて「本日休園日」の札がかかっていた。

奄美パークは、毎月第1水曜日が休みでそれ以外は開園しているはずでは?

すぐ脇に看板が立っていて、そこには「休園日 第1・第3水曜日」と書かれていた。

第3水曜日も休みになったんだー! 確認してから来ればよかった!

GWの前までにはリベンジ(?)しに行こうっと。

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2019年4月16日 (火)

加計呂麻にも「令和」Tシャツ置いてみた

新元号記念Tシャツを増殖させるべく、加計呂麻島・瀬相のいっちゃむん市場へ行ってきた。

地場産の野菜や魚介類がメインのお店だが、小物類の種類がずいぶん増えているように感じた。

Tシャツを置いてもらった当初は、他に競合するところもなくて、壁にTシャツの見本もかけてもらっていたが、久しぶりに行ってみると、Tシャツの種類が増えている上にTシャツ全体の売り場が縮小されていたので、あま美のTシャツは1列に3枚だけ置かれている状況だった。

他のTシャツは下の棚かどこかに収納されているのだろうが、ディスプレイされていない分についてはお客さんにアピールのしようがない。

そんな状況とは知らずに新元号のTシャツを8枚+はげ〜Tシャツを4枚納品してしまった。

もう置く場所ないよ…と困惑しているであろうお店を後にして、折り返しのフェリーで古仁屋へ引き返した。(ごめんなさい、なんとかして)

はたして令和Tシャツはお客さんに発見してもらえるのだろうか?

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そういえば、店に飾ってあった「漕人」のTシャツは僕がデザインしたものだ。

Tシャツのデザインを受けたらこういう競合もありえるということだよね。

2019年4月15日 (月)

POP広告してみた

9日にデビューした「新元号記念Tシャツ」の売れ行きはどうだろうか?

14日にTシャツの補充をする機会があったので、ついでに(「令和」のTシャツを置かせてもらった)マングローブ館とビッグツーの様子を見てきた。

置いてからまだ5日しか経過していないので、まだ動きはないかもしれないと思う一方で、もしかしたら目新しさで少しは売れているかもしれないという期待もあった。

結果、マングローブ館は、S〜XL(2L)4枚がすべて売り切れていて、購入してくれたお客さんの反応も良かったようだ。

期待を込めて、売り切れた分の倍の数の8枚を補充させてもらった。

ビッグツーの方は、Mサイズが1枚だけ売れていた。

最初に並べたときに、もしかしたら他のTシャツの中に埋もれてしまうかもしれないと気になったのだが、はたして、面に見えるように置いていたカードはTシャツの中に挟まれていてまったく目立たない状態になっていた。

しかし、そんなこともあろうかと、今回はPOP広告を用意してきたのだ。ジャジャーン!

当日の朝思いついて一生懸命作った紙製の看板みたいなものだ。

Tシャツ置き場の写真を見ていて”足元が空いている!”と気づき、そこに「あま美の新元号記念Tシャツ/期間限定発売中」というスタンドを立てることにした。

必要なときに移動できるようにテープで固定せずに磁石でくっつけるようにした。

なんとかしたいともがけばそれなりの知恵も出るようだ。

松下幸之助さんが言われたことで、なんとしてでも2階に上がりたいと考える人間はやがて梯子を思いつく、しかし、2階に上がれたらいいなぁぐらいの気持ちの人間は結局梯子を思いつくことはないというのを本で読んだときに、ああ、成る程と納得した覚えがある。

そんな大層なことではないにせよ、その日の朝どうしようかと考えて写真を見て足元にPOP広告を置くことを思いついたのは、自分の中では小さくガッツポーズのレベルなのだ。

で、さっそくそれをセットしてきた。

少しは目立つようになったかな?

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なにしろ売り場面積が限られているので、売れないものを詰め込むのはさすがに気が引ける。

売れるようだったら堂々と数を補充できるし、積極的に「海バージョン」も作ろうかという気になれるかも。

できればもちろん、調子に乗って(?)たくさん作るパターンで展開したい。

2019年4月14日 (日)

油断してしまうとき

確か高校生のときに古文の授業で習ったと思うのだが、徒然草に「高名の木登り」という話があって、それがどうしてだかずっと頭に残っている。

自分は詰めが甘い方だと自覚しているので、そうした油断や手抜かりで最後に残念というか、もったいない結果を招いてしまうことがあると、ああ、これこそ「高名の木登り」だと思うのだ。

ニューヨークの高層ビル・ツインタワーにロープをかけて綱渡りをした男を描いた「ザ・ウォーク」では、もっとも危険なロープの中央付近では大胆なパフォーマンスを見せたが、その後ビルの屋上に戻る際にあとわずかという距離で恐怖と緊張に体を震わせるというシーンがあった。

主人公曰く「タイトロープウォーカーは、最後の3歩で落下する」と。

(ちなみにこの荒唐無稽な話が実話だと知って驚いた)

全豪オープンテニスで、大坂なおみ選手が2セット目でゲームマッチを迎え、九分九厘勝利を手中にしながら、最後の最後で信じられない崩れ方をしてそのセットを落とした時、彼女の中で何があったのかというと、ゲーム終了後に語ったことによると、「よし勝った!」と思ったそうだ。

『過ちは、やすきところになりて…』、油断大敵というべきか。
 
やれやれやっと着いた、と思ったときの気の緩みが危ない。
 
運転の話。
 

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(今日も無事に帰りつくことができた⁉️)
 

2019年4月13日 (土)

春だ、ハブTだ!

現在、ハブをデザインしたTシャツは、名瀬のハブセンター限定で出荷している。

10点ほどあるデザインの中から自由に選んでもらって制作している。

安定した人気で長期にわたって販売される商品もあれば、短命に終わったものもある。

お客様と直に接しているお店側のニーズは、お客様のニーズでもあり、デザインする者にとってとても参考になる。

その一方で自分なりのこだわりもあり、色々考えながら制作している。

自分が面白いと思ったものがお客にも受け入れられたと感じたときは、自分のデザインへの自信になるし、逆の場合は自信を失くすほどではないにせよ迷いが生じて不安になる。

救いは、たとえ失敗しても生産数そのものが少ないのでリスクも少ないということ。

逆に言うと、うまくいってもリターンは少ないということだけど(笑)

とにかく、日々夜なべをしながらコツコツ作ったTシャツを今回まとめて納品することになった。

(昨夜は3時までだった・・・)

「ハブ」たちがそろそろ出ていく陽気になってきた。

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新元号記念Tシャツも一緒に納品させてもらう。

こちらは期間限定品なので、いずれにせよ短命ということになるか。

2019年4月12日 (金)

昭和の味

昔(昭和40年代頃)の古仁屋の町並みについて、昨夜遅くまで妻と語りあい二人で大いに盛り上がった。

話しているうちに断片的だった記憶が次々と繋がっていき、頭の中で当時の町並みが徐々に再現されていった。

子どもの頃の自分がよみがえってあの頃目にしていた風景を辿っているようで楽しかった。

どこそこに、こんな店があったね、あんな店もあったねと思い出し、もうすっかり様変わりしている現在の風景と重ね合わせながら時代の流れを感じるのだった。

あと3週間足らずで新しい元号が始まり、「昭和」はまたひとつ古い時代へと押しやられる。

そのうちに「昭和って、平成の前のあの昭和のことですか?」みたいな言われ方するんだろうな…

頭の中で昔の古仁屋の町を歩き回りながら、そういえば、昔から同じ場所で同じように商売をしている店があることに気づいた。

建物もほぼそのままで。

銭湯なら、嶽乃湯(たけのゆ)がそうだ。

(当時は、今の信用組合のところに「昭和湯」が、今の扇屋のところに「朝日湯」があったなぁ)

嶽乃湯のそばを流れる川には銭湯の排水が混ざってほのかに石鹸の匂いがしていた。

その川に沿って歩くと、道向こうに三平食堂があって、その次に…なにわ食堂が、ある。

「なにわ食堂」がそのままある!

あの頃のままだ! 昭和があった!

なので、(昨夜の発見に刺激されて)今日のお昼は、久しぶりに「なにわ」で食べてきた。

いつものようにチャンポンラーメンと焼き飯を注文して、妻と二人で分けて食べた。

ず〜っと変わらなかった値段がいつの間にか一部だけアップしていた。

350円だった焼きそばが400円に、450円だったチャンポンラーメンが500円にそれぞれ50円だけ上がっていた。 それでも安い。

もう半世紀以上もこのスタイルのまま変わらぬ味を提供し続けている「なにわ食堂」は、僕らに昭和を彷彿とさせる稀有な存在だ。

「令和」の時代になってあとどれだけ頑張ってくれるのか…暖簾を下ろす日がなるべく遠くあってほしいと願いながら、できるだけ食べに行く機会をつくろうと思った。

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今はキャベツが安いからラーメンにふんだんに入っていた。

焼き飯にはもう豚は入っていないが、変わらぬ懐かしい味がする。

食べるたびに塩加減が微妙に違うのも”昭和の味”のうち…かな。

旨かった、ごちそうさまです。

2019年4月11日 (木)

「令和」Tシャツデビュー

新元号「令和」のTシャツが完成した翌日の9日(火)に早速奄美市方面へ出かけてお店に置かせてもらった。

龍郷のビッグツーには、S〜XLを2枚ずつ計8枚を用意していたが、置けるスペースがなくて、かろうじて4枚だけハンガーに下げてきた。

少しでも目立つようにと端っこに置いてみたけれど、はたしてお客さんの反応はどうだろうか?

次に名瀬のハブセンターに新商品の紹介のつもりで訪れたら、気に入ってもらってすぐに注文をいただいた。

(今週末納品予定)

最後に住用のマングローブ館に寄って、こちらもスペースが厳しいので4枚だけ置かせてもらった。

改元に絡む期間限定商品なので、このペースではたしてどれだけ出せるか分からないが、どうせ大量生産はできないのでまあ、こんな感じだろう。

Tシャツを始めた頃は、販路拡大のために通販を考えたこともあったが、つくづく手を出さないでいて良かったと思っている。

いつ何時どれだけ注文を受けるか分からない通販にちゃんと応えられるだけの体力もノウハウもないと自覚できるようになったからだ。

イラストなどの仕事の延長として、これまで通りのペースで気長にやっていこうと思っている。

新元号Tシャツは、瀬戸内町や笠利町などの他の店にも置かせてもらうつもりでただいま制作中。

ぼちぼち増殖させていきます。

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ビッグツーにとりあえず4枚並べて、これが新元号Tシャツのデビューとなった。