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2012年12月の34件の記事

2012年12月12日 (水)

「奄美の妖怪」増殖

図書館で開催している「奄美の妖怪たち二人展」について「あまみヒギャジマンプロジェクト」http://higyajiman.amamin.jp/d2012-12-08.htmlで詳しく取り上げてもらった。

インタビューを受けたときに調子に乗って「まだまだ描かれていない妖怪がたくさんいるので、展示会の間に増殖させようかな」みたい事を言った。

少しずつ増えたら面白いよね。みたいなノリだったが・・・。

ブログの中でしっかりと「今回の展示では、養殖が増殖する可能性があるとのこと!」と書かれていた。 さらに「何回か足を運んで、それを探すのもいいですね」と。

やばい、うそつきになる。(;一_一)

描かないと! ってプレッシャーで、とりあえず一つ追加した。

「アモレオナグ (天降り女)」

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アモレオナグは蘇祢(そね)さんも描いているので、もう少しサービス(?)してほぼ全身を描いた。

天女の妖怪で、その姿を見た者は目がつぶれるとも・・・。

もし、何らかの妖怪に出くわしてどのみち命を落とすことになるのなら・・・こっちがいいな(笑)

2012年12月11日 (火)

二人展が新聞に

図書館の玄関ホールを利用して8日から開催している「奄美の妖怪たち二人展」のことが南海日日新聞に掲載された。

初日に取材に来てくれたので期待はしていたが、実際に掲載されるとやっぱり嬉しいし、照れ臭い。

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ただ・・・写真の人物紹介で名前が入れ替わっていた。

そこだけ残念。

夕方蘇祢さんから電話があり、栞(しおり)は順調に出ていて足らなくなりそうとのこと。

使ってもらえてうれしい。追加分をつくることにした。

妖怪と島グチの組み合わせは何だか良い雰囲気だなと感じたので、妖怪だけじゃなく動物たちも登場させて本にしてみたいな。

奄美の妖怪たちがいろんな場面に登場するようになれば楽しいだろうな。

2012年12月10日 (月)

ヒゲが小さくなっちゃった

正月に向けて(?)さっぱりしようと床屋に行った。

「ヒゲもそっていいの?」と聞かれ、てっきり「形を整える?」という意味だと思って頷いた。

椅子が倒されて仰向けになり顔に剃刀をあてる体勢になった。

「(形を揃えるのが)面倒だったらそのままでもいいよ」と言って目を閉じた・・・。

あれ?

なんだかざっくりと剃刀が入ったような・・・気のせいかな?

顎に手をやると右側がツルツルに・・・。

これわざと生やしているんです、無精ひげじゃないんですぅ~。

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かろうじて残った部分に合わせて左側を調整したらちんまりしたヒゲになった。

これはこれで面白いけど。

慣れてしまうと何だか剃り落とすのが怖く感じるんだよね・・・。

2012年12月 9日 (日)

ケンムンのしおり

図書館で展示している「奄美の妖怪たち二人展」に合わせて栞(しおり)をつくった。

場所が図書館なので栞はぴったりだと考えた。

絵は木の上にいるケンムンのイラストを使うことにしてそこに本を描き加えた。

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「ムンヌ知リ果テヤネン」と島口の格言を入れた。

格言の前に「ケン」を入れると・・・「ケンムン」となる。

ちょっとした言葉遊びだ。

先ほど図書館に届けてきた。

無料で置いているのでイラスト展をご覧になったついでに記念にどうぞ。

(手作りなのでそんなに沢山は用意できないが・・・)

今日の風刺マンガ

毎週月曜日に南海日日新聞に風刺マンガが掲載されるが、明日が休刊日にあたるので今日の新聞に載った。

いつもはあまり気にせずに政治家を茶化したりするのだが、衆院選が公示されたので政府もどこの党に対しても批判めいたことは描きづらい。

題材としては、乱立する党に一体どこに投票しようか迷う有権者の心情を描くことにした。

それをどう表現したらいいのか・・・。

師走・・・クリスマス・・・と連想して、それを政治にからめて描けないか考えた。

そして、ケーキと景気をひっかけて各党首にサンタクロースの格好をさせることを思いついた。

でも党の数が多すぎる。(ーー;)

狭い紙面にひしめきあわせると前後の奥行きの関係を整理しなければいけない。遠近の法則で手前の政党は大きくて奥の政党は小さくなる。

後ろに押し込まれた政党は面白くないだろう・・・。

結局、それっぽい雰囲気があればいいやということで、奄美に関係がある鹿児島2区の候補者3人を横並びにして描くことにした。

不公平にならぬようケーキの大きさも同じにした。(すごい気の使いよう)

それがこれ。

<ケーキ(景気)はどこに予約すればいいの?>

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似てると思うけど・・・誰だかわかる?

2012年12月 8日 (土)

奄美の妖怪たち二人展スタート

図書館の玄関ホールの一角にパネル7枚を使用してイラストを展示した。

なんとか利用者の通行の邪魔にならぬスペースに収めることができた。

昨夜は3時まで展示するためのイラストを整理していたので眠い。

呑気な性格ゆえぎりぎりになるまで腰が上がらないのだ。

展示の準備が終わる頃に新聞社の取材を受けた。明日の新聞に載るのだろうか?

今回のイラスト展は、雑誌の挿絵用に描いたシンプルなものがほとんどなので、小さな絵をたくさん展示する形になった。

展示して見せるためのイラストとは違うんだなと感じた。

次回(あるのか?)は大きな絵も描いてみたい。

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今月26日まで展示しているので図書館を利用されるときにちょっとだけ足を止めてご覧ください。

2012年12月 7日 (金)

地震発生

茨城にいる娘から夕方携帯に電話があった。

電話に出るやいなや「地震、地震!」と緊張した声がする。

去年3月に発生した東日本大震災のときにも娘から電話があり、悲鳴まじりの実況を聞いたのだった。

かなり揺れているらしい。

テレビをつけると宮城沖で大きな地震が発生したとのニュースが流れていた。

津波の恐れがあるとのことで、アナウンサ―が緊迫した声で避難を呼びかけていた。

茨城は震度3~4だった。

落ち着いてきたので一旦電話を切った。

切る間際に「電話つながるかな?大丈夫よね?」と娘の心配そうな声が聞こえた。

東日本大震災のときには、長い間連絡がつかずお互いに不安な時間を過ごしたからだ。

「そうだ原発!」突然原発の安否が気になった。

調査委員会が活断層の危険性を指摘しても「大丈夫です」と独自の調査と判断を優先する電力会社。

最初から再稼働ありきのスタンスが感じられて何だか信用できない。

福島原発の事故で見せた東京電力の情報隠しと事故現場を放置して真っ先に職員を避難させようとした無責任な態度。

もし事故が発生しても正しく伝えてくれるか疑問だ。

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去年は、放射能の安全性が確認できるまでとして娘を半年間休学させた。

しかし事態はあまり改善されていない。

さらに、これからまた大きな地震が発生して新たな原発事故が起こる可能性だってある。

心配しすぎて竦んでいても仕方がないので、とりあえず娘は復学し、息子も兄弟たちも東京に住み続けている。

無事を祈るしかない、本当に毎朝起きた時に祈るようになった。

そして、夜寝るときには携帯を枕元に置いている。

考えたくはないが、万が一最悪な事態が起きてもぎりぎりまでつながっていたいと思うからだ。

2012年12月 6日 (木)

指の傷あと

最近マニキュアに目覚めた女房が「見て見て」とピンクに染めた指を突き出した。

長い間看護師として働いてきたのでこれまで爪を染めることはなかった。

試しにやってみたら殊の外楽しかったようだ。

ちらと指を眺めて「ああ、良いんじゃない」と気のない返事をしながら視線をテレビに戻そうとして、女房の指に白い筋があるのに気がついた。

左手の人差指に稲妻のような傷痕がある。

くっきりとしたその傷に今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。

どうしたのか聞くと、中学生の頃に庭の灌木を切っていたときに誤って鎌で切ったのだという。

かなりの出血があったようだ。

集落には元軍医で医療に詳しい人がいて、早速診てもらった。

すると傷が深いので、町の病院でちゃんと縫合した方がいいと勧められたという。

「病院・・・お金がかかる」指の怪我よりもそっちの方が心配だったらしい。

「こうしてずっと押さえていれば治るんじゃない?」そう聞き返すと、傷口はふさがるが痕がきたなくなると言われた。

治ればいい・・・そう思って病院には行かなかった。

父親が大病を患って入退院を繰り返しており、苦しい家計をおもんばかっての選択だった。

彼女の母親は、指の傷をなでては「女の子なのに可哀そうに」と泣いたという。

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僕にも同じような体験がある。

19歳のときにアルバイト先で親指の付け根を切る怪我をしたのだ。

全国に本を発送する仕事で、そのときは、伝票を見て該当する本をコンベアに乗せていく作業をしていた。

宛名ごと本の束にビニールが巻きつけられるのだが、機械の手前ではらりと伝票が滑り落ちた。

咄嗟に落ちた伝票を拾って本の上に戻したが、手が残ったまま機械で一瞬のうちにビニールが巻かれてしまった。

そしてビニールを切断する刃がゆっくりと僕の右手に降りてきたのだ。

軍手ごとざっくりと割れて血がどくどく出てきたのを覚えている。

事務所で止血用にタオルをあてがわれ、直ぐに病院に行くように勧められた。

「大丈夫です」と、血に染まったタオルを抱き込むようにして一人で電車に乗り、そのままアパートに戻ってじっとうずくまって過ごした。

病院へ行くお金がなかったのだ。

今なら「これって労災だよね」と対処できるのだが、その頃の僕にそんな知識はなかった。

しばらくは痺れて感覚がなかったのだが、数日したら元通り親指が動かせるようになった。

もし、あのとき親指の神経を失っていたら、僕はイラストを描くことはできなかった。

運が良かった。

今その傷痕は小さく目立たなくなってきているが、触れるたびに19歳の無知で無鉄砲な危うい自分を懐かしく思い出す。(今は少し知恵がついてきた分臆病になっている。)

女房の指の傷の話で、自分も右手の傷と東京で暮していた頃を思い出した。

あれから30年以上経った今、ふりだしに戻って同じ夢を追っかけていることに気づいた。

2012年12月 5日 (水)

ケータイ依存

昨日は眼科を受診するために、そして今日は女房の用事で2日続けて名瀬に行った。

目的の場所で女房を降ろし、「終わったら連絡して」と告げて僕は買い物に行った。

店に着き、カバンから財布とケータイを取り出そうとして、ケータイを家に忘れてきたことに気づいた。

女房のケータイ番号を覚えていないから公衆電話から連絡をとることもできない。

やばい・・・終わる時間が分からない。

早々に買い物を済ませて、女房を降ろした場所の近くで待機することにした。

小雨の中、車の中で外の様子を伺いながら女房が出てくるのをひたすら待った。

連絡がとれればこんな所でぼうっと待っていないで好きなところに行けるのに。

ケータイがないだけでこんなに不便なのかと思い知らされた。

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結局1時間後に会うことができた。

家に帰ってすぐにケータイを確認。

4件続けて同じ人からかかってきていた。

「何でとらないんだ!」という苛立ちが感じられる。

まさかケータイを忘れているとは思わないんだ・・・。

いつの間にかみんなケータイに依存しているんだなぁ。

2012年12月 4日 (火)

トマトはトマトのままで

初めてのイラスト展。

蘇祢さんが告知ポスターをつくってくれた。

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蘇祢さんの準備は着々と進んでいる様子。

新聞では小さなコマでしか紹介されなかったので、ぜひ大きなサイズで見てほしいと張りっ切っている。

スロースターターの僕もさすがに妖怪のイラストをごそごそと床に並べながらどんなディスプレイにするかを考えた。

できるだけ大きい方がいいだろうとA3サイズでも出力してみた。

でも何だか間のびして見える。

元々雑誌の挿絵用に描いた小さなイラストがほとんどだから蘇祢さんの緻密な絵と違って、拡大して見せる部分がないのだ。(-_-;)

大きい方が迫力はあるけどな・・・。

ちょっとでも大きく見せたい僕に相田みつをさんが諭す。

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とりあえずトマトはトマトのままで、できるだけ簡素で・・・いいか。

そしていつかメロンができたらメロンの容器で飾ればいいや。