2014年1月21日 (火)

「つながり」に感謝

思っていたよりもだいぶ早く母が逝ってしまった。

医者からもう助からないと宣告を受けてからわずか一月ほどしか経っていなかった。

父亡き後も住みなれた家がいいと一人暮らしを続けていたが、一昨年前から食事を作れなくなり、去年の秋頃からは目立って足腰が弱ってきたので半ば強引に家に連れてきた。

わずか2ヶ月ほどの同居生活だったが、子どもの頃と同じように四六時中一緒に居れたことが母を失った今せめてもの慰めになっている。

最後の最後まで穏やかな母のままで静かに息を引き取った。

不思議な偶然が重なって僕と女房の他に弟も母の最期を看取ることができた。

弟の嫁も東京に戻るつもりの空港で知らせを受けてトンボ帰りした。

19日に帰る予定だった妹が母の最期に立ち会えなかったことが残念だった。

6年前に父を亡くしたときはまだ冷静でいられたのだが母の場合は違った。

動揺していないつもりだったが何だか不安定な状態が続いた。

普通にしている日常の中でふいに哀しみが湧いてきてなかなか平常心に戻れない。

その間も冗談言ったり笑ったりしているくせに、ご飯食べたりトイレに行ったり全く普段通りの事をしているのに。

仕事で新聞の風刺マンガをひとつ描いたが、なかなか集中できずに長い時間をかけてやっと描き上げた。

初七日が過ぎて2日後に祭壇を片付け位牌を仏壇に移してからようやく気持ちに余裕が持てるようになった。

仏壇に線香をあげていたのと同じような日常に落とし込むことができたのかもしれない。

あるいは、日数が経って哀しみが薄れてきたせいかもしれない。

母が亡くなってから改めて人と人とのつながりを実感した。

葬儀のときに自分の時間を割いて当然の事のように裏方を務めてくれた同窓生たち。

かけつけてくれた親族。

デイケアで母が世話になった施設の人。

母の郷里や僕の住む集落の人。

遠く龍郷や名瀬からかけつけてくれた友人たち。

予想もしないたくさんの供花や弔電、そしてたくさんの方に焼香していただいた。

ありがたくてとても心強かった。

この人たち一人ひとりの似顔絵を描いて感謝の意を伝えたい

そのときは本気でそう思った。

でも、現実的には無理だから、これから先少しずつ、少しでも返せるように心がけようと思う。

前に進んでいかなくては。

納骨のときに母の骨つぼと父の骨つぼが離れて置かれたことに弟が気づき、家に戻ってから「寂しいだろうから父ちゃんと母ちゃんの壺とくっつけてあげればよかったのに」と言われた。

弟の言う通りだと思い、数日後に墓を開けて壺の並びを変えて二人の骨壺をひっつけた。

そのときに墓中に頭を突っ込みながら「僕もここに入るのか」、「壺はどこに置かれるだろうか?」と思った。

そのときまでつながって支え合って生きていくことにしよう。

2014年1月 7日 (火)

とにかく描く!描きまくる!

年が明けてからずっと真面目に(?)机に座って仕事している。

子ども向け企画本のありえないほど大量の挿絵を描いているのだ。

そういう状況下にもかかわらず昨日は絵の売り込みにも行った。

何かを変えていかなければ。

描いて!描いて!描いて!

駿馬にまたがり駆け抜けるでござる!

今はまだ背負ってよろめいているけど・・・(;一_一)

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2014年1月 2日 (木)

風刺マンガ(81)

南海日日新聞 12月30日掲載

<日本復帰>

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昭和28年12月25日は、戦後アメリカの統治下におかれた奄美群島が日本に復帰した記念の日だ。

去年(平成25年)はちょうど60年の節目にあたる。

(マンガでは復帰運動の父と呼ばれた泉芳朗とアマミノクロウサギを登場させた)

戦争でたくさんの人々が命を落とし、生き残った人々も多大な犠牲を強いられた。

だからもう悲惨な思いは二度とするまいと不戦の誓いを立てた。

おかげで日本はときに「平和ボケ」と揶揄されるほどの平穏な日々を送ることができている。

そのことに一種の危機感を持ち

国民それぞれが「国家」のために尽くす忠誠心を備えていた「あの時代」を懐かしむ者もいる。

場合によっては「戦争」も辞さないと。

もし日本のリーダーがそうなら・・・!?。

でも、

「戦争は嫌だ! 平和を愛している!」と声高に叫んでいても、お構いなしに傷つけられる可能性はある。

命を守れさえすればひたすら低姿勢でもいいかというと、それもちょっと違う。

だからといって、他国に負けないように軍備を増強していくのは負の連鎖を生むだけのような気がするし。

国と国との利害関係がある限りそう簡単に結論を出せる問題ではないはずだ。

いずれにしろ、日本が「好戦的」だとか「覇権主義」とかの誤解を招かないよう慎重な配慮が求められる。

政治、とりわけ外交に個人的な感情をまじえては危険だと思う。

自身の理想に向かって突き進むかに見える阿倍総理の言動が気がかりだ。

マンガで「日本」が開けようとしている扉が「パンドラの箱」でありませんように・・・。

2014年1月 1日 (水)

初日の出!?

寝坊した。

昨夜どんなに遅くなっても明日は早く起きて初日の出を見に行くぞ、なんて思っていたのに。

7時過ぎ。ちょうど今頃水平線から陽が差し込む頃か・・・。

えーと、ソッコーで着替えてテキトーに顔を洗って車を飛ばせば・・・間に合わなーい!

今年はお天道様にがっつりお願いしたいことがあったのに。(;一_一)

しようがないので窓外の東の山に照準を合わせることにした。

待つこと約1時間・・・意外と長かった。

光差し込む山際に向かって手を合わせ心をこめて願かけをした。

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新しい年がやってきた。

相変わらず「今年こそは!」の誓いを胸に、充実した一年を送りたいと思っている。

がんばるぞ!

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2013年12月31日 (火)

風刺マンガ(80)

南海日日新聞 12月23日掲載

<天国と地獄>

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ベタなタイトルだけど

この人の場合そうしか表現できない。

今年9月にオリンピック招致の成功で一気の盛り上がりを見せ、このまま最高の気分で新年を迎えるはずだったのに・・・。

もしかしたら今夜の紅白歌合戦ではゲスト審査員として滝川クリステルの横に座っていたかもしれないのに・・・。

それぞれがそれぞれの思いを抱えて年をまたいでいく。

来年は良い事がありますように。

2013年12月27日 (金)

みじめな都知事の退任

24日に東京都の猪瀬知事が退任した。

テレビでは歴代の知事の退任式と比較される形で映し出され、オリンピック招致の英雄から一転、追われるように去っていく惨めな姿が際だっていた。

献金問題については、限りなくブラックに近いグレーとはいえ、まだ審判の途中である。

形ばかりの最後の挨拶を交わすことすら拒否した自民党の狭量にはやるせない思いがした。

党は自らの正義感やクリーンさをアピールする狙いがあったかどうか分からないが、おそらく多くの国民には逆効果だったと思う。

できるだけかかわりたくない人がほとんどの中で、きちんと玄関先まで送りだした数十人の職員がいてくれたことが救いだった。

背任の罪は罪だが、これまで都や日本のために多くの功績を積み上げてきた実績がある。難関の道路公団民営化やオリンピック招致も成し遂げた。

少しくらい(退任に対して)残念な気持ちを滲ませてもいいんじゃないか・・・と。

徳洲会の献金問題は、猪瀬知事ばかりがクローズアップされてしまったが、

おそらく氷山の一角のはず。

その他の面々のスケープゴートにされては可哀そうな気がする。

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風刺マンガ(79)

南海日日新聞 12月16日掲載

<認知症サミット>

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初めて認知症の国際会議がイギリスで開催された。

日本は世界一高齢化が進んでいて認知症患者も多いらしい。

言わば認知症の先進国だ。

65歳以上では10人に1人の割合で認知症になるらしいから

かなりの高確率だ。

怖いなぁ・・・宝くじ並の確率だったら安心できるのに・・・。

ぜったいに当たらないから。

2013年12月25日 (水)

鶏飯(けいはん)500円!

奄美空港へ向かう途中、龍郷町の鶏飯ひさ倉の前の立看板に目がとまった。

「本日 鶏飯 500円」

これは食べない手はない。帰りに立ち寄って早速注文した。

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久しぶりの鶏飯だ。

「ご飯とスープはおかわりできます」とのこと。

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ご飯が見えないほど丼いっぱいに具を載せたのにまだこんなに残っている♪

美味しい! 当たり前だけど。

それにしても何で今日は半額になったんだろう? (通常は950円)

「今日は奄美の日本復帰記念日だからですか?」

精算するときにレジで尋ねてみた。

「創業20周年なんです」

嬉しそうにほほ笑みながら500円の理由を教えてくれた。

そうだったんだ!

日本復帰が60年、東京タワーが55年・・・

そして「ひさ倉」が20年。 おめでとうございます。

2013年12月23日 (月)

風刺マンガ(78)

南海日日新聞 12月8日掲載

<ワンサイドゲーム>

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絶対的与党の自民党は、一部の野党さえも味方につけて圧倒的数の力でどんどん事を前に進めている。

世間の騒ぎが大きくならないうちに今国会で素早く「秘密保護法」をすべりこませたし。

96条の改正に手をつけずとも法解釈の拡大で派兵も武器の輸出もできるようになりそうだ。

十分な説明がされないまま性急に物事が決められていく。

決めるべきときに決められなかった民主党政権の反動もあるのか?

アクセルを踏み込むのもブレーキをかけるのもすべて与党の自由?

国家安全保障会議の解釈によると国民のデモさえ「テロ」に該当するらしい。

まさか国政に対して一切の批判が許されないあの時代に近づくことはないと思うけど・・・。

懐かしの古仁屋高校

雑貨やの「MARCHE(マルシェ)」でカレンダーを買った。

昨年と今年に発売しているペン画カレンダー「懐かしの奄美」ではなくて

「懐かしの古仁屋高校」(?)というところだろうか?

僕の母校だ、この校門もよく覚えている。

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この校庭も。

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マルシェ店主の実兄、伊藤暢浩さんの精密なペン画が6枚。

価格は500円だった。 卒業生には良い記念になるかも。

個人的には、川沿いの弾痕だらけのあの壁を描いてほしかったかな。