一集落1ブランドの取材
1月下旬にしーまが主催した会議に出席した。
しーまは、地域に根ざした情報発信を積極的に展開している会社で、様々な切り口で発行されているフリーペーパーは誰もが一度は手にしているはずだ。
ブログの管理会社でもあり、僕のブロク「あげ漫でぃ!」もそこを使わせてもらっている。
(ブログは、ほぼ休眠状態になっているが、近いうちに再開したいと思っている)
そのときの会議は、奄美市が取り組んでいる「一集落1ブランド」について冊子を制作するための打ち合わせとスケジュール共有が目的だ。
前のブログに書いた、小湊集落と川上集落、そして奄美博物館での取材は、その企画の一端である。
一般人が普通に訪ねて行っては得られないであろう深い情報が、名の通ったしーまの取材という形でのアプローチでどんどん吸収できるのは頼もしい限りだ。
今回は、そういった意味で貴重な体験をさせてもらった。
それぞれの集落にはそれぞれの歴史や文化があるんだという、当たり前のことではあるが、つい見過ごしてしまいそうな事実を再認識できたことが取材を通じて得た一番の収穫かもしれない。
取材に加わるに当たってボイスレコーダーを購入して使ってみたのだが、実は全く再生していない。
当然だが、再生には録音した時間と同等以上の時間がかかるのだ。
残念だが、今のところそれだけの余裕がない。
でも、資料として残しておけるのでパソコンに取り込んでおいた。
幸い、それぞれの取材が興味深いものだったので、取材の記憶と写真だけでイラストは描けそうだ。
奄美市に限らず、奄美にはたくさんの集落が存在している。
中には、過疎化が進んで消滅の危機が迫っている集落もあるが、そういった集落にもかつて多勢の村人で賑わっていた歴史や築き上げてきた独自の文化がある。
あと10年、20年といったスパンで考えると集落の状況は大きく様変わりしていることだろう。
僕のイラストが、往時の姿を留めおく役目を少しでも担えるならば…と思う。
これまで車で通り過ぎるだけの景色としての集落だったが、いざ車を降りて中に入ってみると想像以上に奥深いことに驚かされる。
生まれ育った”シマ”で一生過ごす人がいることを考えてみても、そこに住む人々にとってそれぞれの集落がどれだけ大きな存在であるかが伺える。
取材というアプローチの機会はほとんどないだろうが、集落誌を読むなり、身近な年配者の話を聞くなりして出来るだけ多くの情報を汲んで蓄えておきたいと思う。
奄美群島の中の奄美大島だけをとっても、手に負えないほどのたくさんの情報が溢れている。
そうしたものをマンガやイラストにしたいと考えている人間にとっては幸せなことだ。
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