2014年5月16日 (金)

平川動物園にルリカケス

国指定の天然記念物のルリカケスが10年ぶりに平川動物園に展示された。

(奄美大島・加計呂麻島・請島にのみ生息している)

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2014年5月12日 (月)

100本目の「毒矢」

2012年夏からスタートした南海日日新聞の風刺マンガが今朝の掲載分でちょうど100本目となった。

毎週1回ちょっぴり「毒」を含んだ矢を放ち続けて約2年。

的を射たり外したり。

ひと区切りとなる100本目は、奄美を舞台にしようと決めていた。

 

             <いわゆる アベノミクス>

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さて、次の100本に備えて弓の手入れをしなくっちゃ。

 

これまでの風刺マンガを掲載しています。 興味のある方は覗いてみてください。

 http://www5.synapse.ne.jp/amami-manga/99_blank003.html

 

2014年5月 8日 (木)

とりさし

空港に行ったついでにまた「ひさ倉」に寄った。

不定期に「鶏飯食べたい」衝動に駆られるのだ。

今回は欲張って「とりさし」も食べた。

方々で食べたわけではないので味の比較は出来ないが

ひさ倉の「とりさし」は抜群に旨いと思う。

何しろ新鮮で臭みはまったくない。

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これだけボリュームがあって950円。

一人ではなかなか食べ切れない量だ。

欲を言えば、一緒にビールも飲みたかった・・・。

2014年5月 5日 (月)

なるほど!「子ども検定」

教育委員会が発行した「せとうち子ども検定」、タイトル通り小、中学生を対象につくられた冊子のようだが、試しにやってみるとけっこう難しい問題も多い。

解答はただ答えだけではなく詳しく解説しているので、読むだけで勉強になる。

この冊子の挿絵を描いたのだが、問題文からイメージできるものを自由に描かせてもらったのでとても楽しかった。

冊子は瀬戸内町の児童生徒に配布されたようだが、他の人にも見てほしいと思いブログで紹介することにした。

問題文と解答・解説は原文のまま掲載するが、イラストは自由に描き足していく。

ブログを見た人が楽しみながら少しでもシマの知識を深めることができれば思う。

(しーまブログの「あげ漫でぃ!」に掲載中  http://ageman.amamin.jp/ )

なにより僕自身の勉強になる。

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他でもやってほしい少子化対策

少子化が進んでいる中で、福島県の矢祭町では、出産祝金100万円、保育所の低料金などの独自の施策で”安心して子ども産める環境”を整備して効果をあげているようだ。

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2014年5月 1日 (木)

安心して笑える

お笑い芸人がいっぱいいてテレビではバラエティー番組があふれているけれど、僕としては、落語とか漫才とか「話芸」のある方が観客として安心して見ていられる気がする。

そんな中でお笑いバラエティーっていったら「笑点」かな。

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錦織の成長V

プロテニスの錦織がバルセロナ・オープンで通算5度目の優勝を果たした。1ヶ月前のマイアミでの準決勝棄権から復活して、苦手としていたクレーコートでの初優勝だ。

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危機一髪!

ピーチ旅客機が異常降下で警報機が作動し、急上昇して危機を回避した。機長が管制官の指示を勘違いしたためらしいが、LCCってまさか「Low Care・・・」じゃないよね。

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2014年4月27日 (日)

やっぱり強い!開票即当選!

鹿児島2区補欠選挙の投票が行われ、開票2%で金子候補が当選確実になった。

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愛加那の家

西郷隆盛が奄美へ島流しされた際の”島とぅじ(島妻)”として知られる「愛加那(あいかな)」。

その愛加那が住んだ家とは、つまり、龍郷町の「西郷南洲謫居跡」ということになる。

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歴史に名を馳せた西郷隆盛のことは誰でも知っている。

その西郷が奄美大島で暮した謫居跡としての価値はもちろんだが、

二人の子どもと引き離されて一人ひっそりと生きた愛加那の姿を偲びたい。

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愛加那は1837年(天保8年)に生まれた。

大阪で大塩平八郎の乱があった年だ。

22歳で西郷の妻となり、菊次郎と菊草の一男一女を授かったが

3年後に西郷が薩摩に戻りやがて子らも西郷に引き取られた。

菊次郎が2歳のときに母子が引き離されているから

1863年から1902年までの約40年を孤独の中に身を置いていたことになる。

その間愛加那はこの家で何を思っていたのか?

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縁側を支える柱だけはまだ当時のものが残っているそうだ。

ここから月をながめ子らへ思いを馳せる愛加那の姿を想像する。

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当時の面影を残す貴重な家でも特に補助金がもらえるわけではないので

維持費はすべて個人の持ち出しとのことだった。

愛加那と血の繋がる龍家の子孫の龍さんが管理している。

維持費の足しになればと一人200円の拝観料をもらっている。

「どうにもならなくなったら閉めようかと思っています」とも。

愛加那は気丈で働き者であったとのこと。

若いときから芭蕉布を織り、村の女性たちにも教えていたという。

夏の大雨の日に畑仕事に出てそこで倒れ66年の生涯の幕を閉じた。